信夫隆司『米兵はなぜ裁かれないのか』

日米地位協定の刑事裁判権問題を諸外国の状況を踏まえて分析した本。
今、僕が知りたいと思っていたことが精緻に分析されている。
良書だと思うが、それゆえパンチ力には欠ける。

大きな見込み違いをしていた。
実は、本書を読む前、僕はある予断を抱いていた。
それは、日本政府の対米従属外交の下で、日本は屈辱的な内容の日米地位協定を締結させられており、それをNATO軍地位協定や米韓地位協定並みに変えるだけで、在日米軍兵士の犯罪に対する法的対応が大きく改善されるのではないか、というものだ。
ところが、読んでみて驚いた。
米軍の駐留人数の多い日本、ドイツ、韓国の三カ国の状況を比較してみると、両者ともほとんど日本と同じような内容の協定を結んでいるのだ。/

米軍の駐留人数(2020年12月現在):日本:56,474人/ドイツ:34,475人/
韓国:25,430人/

米兵に対する刑事裁判権:
①アメリカが第一次裁判権を持つ場合:
 米軍人・軍属の 
・米軍要員同士等の身内の犯罪、アメリカの財産・安全に関する罪
・公務の執行から生じる罪
②日本が第一次裁判権を持つ場合:
・①以外の場合。(裁判権を放棄する場合あり。)/


◯「公務犯罪」について:
アメリカが第一次裁判権を行使した場合の罪名はほとんどが過失運転致死傷罪であり、そのほとんどが公務上のものとされている。
「公務執行中」について、法務省刑事局は、「単に勤務時間中という意味ではなく、「公務執行の過程において」という意味だとするものの、その認定は米軍当局が行うものとされている。
単なる通勤が公務とされ、アメリカ側に第一次裁判権が認められ、日本側は裁判権を行使できない。/

・改善策:
公務の範囲については、通勤は公務にはあたらないのではないかという問題は当初から議論のあったところなので、これを見直す。/


◯「刑事裁判権放棄」について:
・「刑事裁判権放棄密約」:
1953年の行政協定改正の際、日米合同委員会の下部組織、裁判権小委員会の日本側代表が、実質的に重要な事件を除き、米兵に裁判権を行使しないという日本側の方針を、一方的に陳述したもの。/

・不起訴の実態:
2001年から2019年までの平均起訴率は、日本人:43.7%、米兵:17.8%だ。
日本人の半分以下であり、明らかに低い。
米兵特有の不起訴理由:「裁判権なし」「第一次裁判権なし」「第一次裁判権不行使」

・改善策:
①日本側が裁判権の行使・不行使を米側に通告すべき期間が、10日間から20日間(罪の軽重で5日間から10日間の延長が可能)とされているが、この間に捜査が完了できずに不起訴にする場合があるので、この期間を見直す。
②未成年の米兵に対しては、日本側は第一次裁判権をほとんど行使して来なかったが、アメリカでは18歳以上が成人であり、日本においても改正少年法が成立し、18、19歳に対する措置を成人に近づけることになった。
また、入隊年齢は18歳で、訓練を経て日本に派遣されるときは、19歳になっている。
従来は、準強制わいせつや傷害事件なども一律に不起訴処分にしてきたが、犯罪の種類によっては未成年に対する起訴も考えるべきだ。


◯「身柄拘束」について:
米兵の逮捕率は、38.4%(1989年〜2019年までの平均)で、日本の30.6%よりも高い。
ただ、強制性交等を犯した米兵の逮捕率は15.4%で、日本人の60.0%に比して極めて低い。/

日本側が犯人の米兵の身柄を確保した場合、日本側に正当な理由・必要があれば、身柄を拘束できる(それ以外の場合は、アメリカ側に引き渡される。)。
だが、ここにも密約がある。
1953年、日米行政協定第一七条が改正された際、日米双方の代表の間で次のような発言が交わされた。/

米:日本側当局が犯人の取り調べができることを条件として、犯人の身柄を米軍当局の拘禁に委ねるため釈放するなら、日本側の要請があれば、犯人をいつでも取り調べられるようにすることを保証する。/

日:米軍側がそう保証してくれるのなら、日本側が犯人の身柄を拘束する場合は多くはないだろう。/

1995年に沖縄で起きた少女暴行事件を契機に運用改善された。
同事件で、犯人の米兵は基地に逃げ込んだが、協定上、犯人の身柄がアメリカの手中にあるとき、日本側が起訴するまでアメリカ側が身柄を拘禁できるとなっていたため、アメリカ側は身柄を引き渡さなかった。
そこで、アメリカ側の理不尽な対応に沖縄県民の怒りが爆発し、これを契機に、殺人・強姦といった凶悪犯罪については、起訴前でも、身柄が日本側に引き渡される途が開かれた(凶悪犯罪では、日本側はアメリカに身柄の引き渡しを要請でき、これに対してアメリカ側は好意的考慮を払う。)。

・改善策:
過去には、日本側の身柄引き渡し要請に対して、アメリカ側の好意的配慮が得られなかったケースもあり、運用改善で十分ではない。
殺人、強姦等の凶悪犯罪の場合には必ず日本側に身柄を引き渡すよう協定自体を改正すべき。
更には、日本側が望めばどのような犯罪についても身柄が引き渡されるようにすべき。/

・アメリカは100か国以上と地位協定を締結しており、他の協定への波及を怖れて、協定自体の改正にはなかなか応じず、運用改善で済ませてきた。
2011年には、地位協定について日韓が意見交換を行ったが、地位協定改正のためには、こうした受入国間での情報交換も有効では。/


日米地位協定が不利ならば、日米安保条約を廃棄すればよい、という意見もあるだろうが、その場合には当然のことながら、日本の防衛をどうするのかということが問われざるを得ない。
そこまでの腹さえあるのであれば、地位協定の交渉もずいぶんと簡単になるのだろうが、現在そこまでのコンセンサスがない以上は、今後も一歩一歩息の長い交渉を続けて行くしかないようだ。

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