見出し画像

231011_入り江の幻影 / 辺見庸

辺見庸の最新エッセイ集。雑誌やWEB媒体に寄稿した作品が中心だが、書き下ろしもいくつか収められている。全編を通して辺見が幻視しているのは、戦争への足音だ。名著「1・9・3・7」を書き下ろした著者にとって、それがのっぴきならい関心ごとであるのは間違いない。いや、他人事のように語っている場合ではないかもしれない。イタリアの思想家ウンベルト・エーコは、ファシズムについてこう記しているという。「ファシズムには、いかなる精髄もなく単独の本質さえありません。ファシズムは〈ファジー〉な全体主義だったのです」。この言葉を引きながら、辺見は次のように述べている。「(安倍晋三元首相)の国葬にせめてもの意味があったとするなら、ただ一点、この国では民主主義がすでに瀕死の状態で、〈ファジー〉な全体主義が到来しつつあると知らしめたことくらいではないだろうか」

「みんなの空気感」を総意とするのが日本人の、あるいは日本社会の大きな特徴だとすれば、そもそもこの国は民主主義よりも全体主義を規範とすることを良しとしてきたのかもしれない。「戦争も核兵器も人間の狂気ではなく理性と知性から生まれたのだ」。巻末の辺見の言葉が胸を突く。




この記事が参加している募集

#読書感想文

190,092件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?