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私が自己開示する理由。

こんにちは。萌です。
いつも野菜を煮てドロドロにする記事ばかり書いているので、
たまには自分の事を書いてみようと思います!

私は今から約4年前に病気をし、今は殆どを介護ベッドの上で過ごしています。
体幹と、左上肢、右下肢が特に弱く、なんだかとても全身ちぐはぐな感じですが、どうにか使える部分をうまく使ってできる事は自分でしつつ、ヘルパーさんや家族に助けてもらいながら生活をしています。

体幹と左上肢の弱さから、手で車椅子を漕ぐことが難しいので、自宅内はまだしっかりしている左足で地面を蹴りながら車椅子で移動しています。


退院して自宅療養半年目の初心者なので、まだまだ色々手探り状態ですが、同じ様な病気の方と情報交換しながら、やっと前向きに生きれるようになってきた気がする今日この頃、
体調の良い日にはこうしてnoteを書いたりしています。

病気について

私がはっきりと異常を感じたのは、4年前のある日。数時間に及ぶ、強い筋肉の痙攣のようなものが全身にあってから、歩きにくい、体幹に力が入らないといった症状が現れ、それから1週間もしない間に身体がピクピク動いたり、全身引き裂かれそうな痛みと筋硬直が常時発生するようになり、発熱が続きました。
そして、徐々に身体が自分の思う通りに動かなくなっていきました。

それ以前から痩せてきたり、その他色々な体調不良もあったので、どこからが今の病気と関連しているのかわからないですが、とりあえず4年前の今日はまだ普通に歩いていました。


ついに意識を失ってからは、いくつかの病院で検査入院をしました。
脳、筋疾患、神経疾患、免疫疾患、色々考えられる病気について精査して頂きましたが、いくつか疑われる病気はあるものの、決定的に診断がつくものがなく、精神科での精神鑑別もして頂きました。
しかし、どれも身体に起きている多くの症状とは一致せず、病名がはっきりしない日々が2年以上続きました。

その間はひたすら身体の痛みと筋硬直と闘う日々で、こんな風に文章を書いたりなんて考えられない、テレビさえ見れない、痛みと硬直で眠ることすらできない、本当に、ただただひたすら、ベッドの上で苦しむだけの毎日でした。


診断がなかなかはっきりしない場合、精神的なものを疑うのが今の医療の現状として仕方のない事なのかもしれませんが、新しい病院にかかる度にそのやり取りを繰り返すことに疲れてしまい、もう病院に行くのすら嫌になってしまった私は、もうこのまま息絶えるならそれでもいいとすら思うようになり、病院探しをすること自体やめてしまいました。


その間に、まだ自力でなんとか車椅子を漕げていた上肢までも力が入らなくなっていき、筋肉も痩せ細って、54キロあった体重は、30キロ代まで落ちていきました。

最終的に運び込まれた脳神経病院の先生に、特殊型のALSの疑いを示唆され、研究レベルで精査してくれる病院をということで今お世話になっている大学病院にようやく辿り着いたのは、発症してから3年が経った頃。

こうしてようやく身体症状の原因が脳と自己免疫にあるということがわかり、入院生活の中でやっと本格的な医学的治療とリハビリを受けられ、今なんとか自宅生活が送れるまでになりました。

私を導いて下さった先生や、原因を探して治療を施して下さった先生方には本当に心から感謝をしています。
暗闇を彷徨っていた私にとっては、神様以上の存在です。
もしあの時辿り着いていなかったら今の私はいないかもしれない。

ただ、治療開始までに時間がかかり過ぎてしまったため、運動機能障害の回復は難しいだろうと言われています。

それでも少しでも機能の維持と改善をと思い、体調と相談しながら基本週4日、あまり身体に負荷はかけられないですが、可動域と筋力を維持するためのリハビリを継続しています。
あとはたまにTikTokをみながら簡単な振り付けを覚えて、逆3倍速くらいの超低速で踊った動画を友人や親戚に送りつけたりしています。笑

コロナが落ち着いたら、また入院して治療再開をするようになると思いますが、自宅で過ごせる間に、何ができて、何が難しいのか、そしてこれから何がやりたいのか、
しっかり自分の身体と心を見つめようと思いながら、毎日を過ごしています。


私が今の自分をこうして曝け出す理由

今でこそTwitterやnote、インスタ等で、病気や日常について曝け出していますが、
私は自分がこうなって3年近く、自分の身体も状況も全く受け入れられていませんでした。

どんどんおかしくなっていく身体に、治療法もわからない、効く薬もない、
常時苦しみしかない。

こんな状態で生き続けるなんて嫌だ、解放されたい。
どうして私がこんなことに、、??

そんなことばかり考えていた私は、それまでやっていたFacebookやインスタといったSNSを一切断ち、仲が良い人との連絡すらとらなくなっていきました。


このまま苦しい思いをしながら、これから一生家族に迷惑をかけるくらいなら、
まだ自分で手を下せるうちに自分で自分を始末しよう。

そんなことばかり考えて、この不自由な身体でもそれを実行できる方法を真剣に探してばかりいた日々もあります。

私は幼い頃に母を胃癌で闘病の末に亡くしているので、病気でも最期まで命を全うすることは美徳だと思っていたところがあり、いくら病気でも自分で自分の命を絶つのは、生きたくても生きれない人にすごく失礼だとそれまでは思っていました。

でもそれすら超えてしまうくらい、苦しい時は苦しいんですよね。

今はわかる。それは弱さとかじゃない。
どんなに自分勝手だとしても、この苦しみから解放されたい。

その思いは、経験してみないとわからないことだ と。


先天的に障害や病気を持っている方も沢山いらっしゃるから、
甘ったれるなと言われるかもしれないけれど、
それまでやりたい事をやりたい時に当たり前にできる身体で生きてきた私には、
この不自由も、苦痛も、そう簡単に受け入れられることではなかった。



それでも、

やっと診断に辿り着いて治療がスタートして、少し身体の痛みがコントロールできるようになってきて、
そしてリハビリで少しづつ自分の身体の状態を認識できるようになってきて、

何より私を少しでも治そうと試行錯誤してくだる脳神経内科の先生やリハビリの先生、そしてどんなに塞ぎ込んでも見守り続けてくれた友人や家族の支えのおかげで、
私は徐々に前を向ける様になっていきました。

今も正直怖いです。
体調が不安定なのは相変わらず。いつまた前みたいになるかと思うと、やっぱり怖いです。

でもこうして闘病4年目にしてTwitterを始めて、
沢山の人が同じように苦しんできた、苦しんでいる、そして闘っている事を知りました。

やっぱり現実の世界はまわりは元気な人が殆どだから気づかなかったけど、
病気で苦しんでいる人ってこんなにいるんだ。

私だけじゃないんだ。

私みたいな思いをしている人は沢山いる。
だったら私はありのままに自分を曝け出そう。

私がそうだったように、自分だけじゃないんだっていうことで、
ちょっとは気持ちが救われる人だっているかもしれない。

そういう思いで各種SNSをやっています。

いつもあまりマイナスな発言はしないけど、
苦しいって言ったらもっと苦しくなりそうだから、なるべく出来た事とか良かった事を書くけども、
楽な時なんてない。笑
ただ少し以前より必要な諦めを得ただけなんだと思う。

それを受容というなら受容なのかもしれないけど、

やっぱりなくていいものはやっぱり私には害でしかないし、
病気になったから気づいた事は沢山あるけど、それでも病気になって良かったなんてこれっぽっちも思わないし、
もしも神様とかいうのが本当にいるのなら、何でもするから元の体に戻してくれって頼む。


でも嘆いても変わらないから、できるだけ、できる事を探して、
今できない事は、どうやったらできるようになるか、
サービスや道具、色んな面から考えて、
共有できる情報は共有していきたいなぁと思いながらやっています。

そんな今日はちょっとブラックな私を晒してみました。笑

皆様、いつも、ありがとうございます😊

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします(`_´)ゞ

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