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それは本当に、私だけのせい?

たとえ何があっても、誰が何をしても、その道へ進むと決めたのは私。

そうやって他責にしない精神ってかっこいいし、私もそうありたいと思ってきた。

でもそれは時に、自分のせいにしすぎる危険性も孕んでいる。

高校2年生の頃、合唱部の部長兼学生指揮(技術面の指導係)になった。兼任せざるを得なかったのは、友人が辞めてしまい、同学年の部員が私一人になってしまったから。

先生まで合唱に詳しくない人に代わってしまう事態に、心配した先輩が引退後もコンクールまで残ってくれることになったのだけど……これが地獄のはじまりになるなんて。

毎日毎日、説教三昧。「後輩の指導ができてない」「部長としてどうなの?」「こんなレベルでコンクールに出るつもり?」。まるで鉄の雨のように心に降り注いだ言葉たちは、やがて心を焼き尽くした。

毎朝目覚めるたび「また1日がはじまってしまった……」と嘆く。部活のないテスト期間はあからさまに調子がいい。音楽室のある4階の渡り廊下からは、何度身を投げようと思っただろう……。完全にどこか精神を病んでしまった。

時は流れ、先輩の卒業が近づいた頃。感謝の言葉を述べるついでに「何度も死にそうになりましたが」みたいな言葉を挟んでみた。

すると先輩は、たいして驚きもせず
「全然気づかなかったー。言ってくれればいいのに」と。

それは、本当に心の底から苦しんだ半年間に対して、なんとも軽すぎる返事だった。

苦しくても辞めなかったのは、私。
言い方について何も伝えなかったのは、私。

それでも。

こんなにも深く傷ついたのは、私だけのせいなのだろうか?
私だけが変わるべきなんだろうか?

そんなことを思えるようになったのは、先月まで放送されていたドラマ『最高の教師』を観たから、なのだけど。

今ならあの頃の私に言ってあげられる
「あなたのせいじゃない」と。

「ちゃんと "あなたの言葉に傷ついた" と言ってもいい。それは他責じゃない」と。

だって私が伝えなければ、先輩は同じようにまた誰かを傷つけるかもしれない。防御だけ頑張っても、攻撃はなくならない。

そこまで踏み込むのは、正直しんどいし
そこまでやらなくてもいいのだけど。

ただ。

傷つけられた上に、自分でも塩を塗らないでほしい。「傷ついたのは私のせい」なんて、そんなの悲しすぎるから。

これ以上傷つかないように、まずは自分を守ってあげよう。すべてはそれからでいい。

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