幾重の想いが胸をあったかくしてくれた土曜日/「白亜荘と小楽器とー聴く、ふれるー」
はじめの音が鳴る
からだがじわりと熱くなる
え、もうそんな……?
音
に、泣かされるのは
はじめてだった
*
私は長年、音楽のそばにいるけれど、自分でチケットを買って音楽を聴きに行った経験が数えられるほどしかない。
そもそもあまりライブや演奏会の情報が入ってこない私の目にふと止まり、「行きたい……行ってみよう!」と久しぶりに自然と身体が動いたのが、「白亜荘と小楽器とー聴く、ふれるー」というイベントだった。
足を踏み入れると、タイムスリップしたかのような空間。
至るところに置かれた、小さな楽器たち。
"ステージ" とわかるような場所はなかったけれど、どうやら廊下の端に並べられた椅子たちが客席らしい。
「じゃあ、あの小さなベンチに座ろうか」と夫と腰掛けたその場所は、あとで考えると最高の特等席だった。
開演時間になると、少し離れた部屋の中から音が聴こえ始める。それから会場となった白亜荘の歴史についてのお話。
ここは今から100年以上前、大正7年に建てられた建物。教会の附属施設、民間のアパートメント……様々な歴史を経て解体の話が持ち上がったとき、今のオーナーが買い取り、アトリエやギャラリーとして使われるようになったらしい。
かつて隣にあった教会にはオルガンがあったそうで、「きっとこの白亜荘にも響いていたことでしょう」という言葉を聴いて、この建物からたくさんの物語が響いてくるような気持ちになった。
そして音楽家の平井真美子さんが登場し、大正期に作られたミニピアノの前に腰掛ける。両手が小さな鍵盤に添えられる……息を呑む。
一音目が私の身体に届くと、それがトイピアノのような可愛らしい音じゃなく、優しいピアノの音色だったことにまずは驚きが訪れた。
そして次の瞬間、心の奥から熱い何かが込み上げてきて、あっという間に涙が溢れそうになっている自分に驚く。
そのピアノの音があまりにも柔らかくて、平井さんの奏でる旋律があまりにも美しくて……待ち望んだ再会のときが訪れたかのよう。
きっと私は前世で、このピアノに会ったんだろうな。
心に抗うのをやめると、あっという間にあったかい涙が頬を伝った。
それから落ち着いて演奏を楽しめるようになると、様々な感動を見つけた。
演奏で使われたのはミニピアノ、ダルシトーン、ハルモニウム、リードオルガン。いずれも一般的なピアノより鍵盤数が少ないのに、奏でられる曲はとっても色彩豊か。
ピアノとはまた違う技術が必要な楽器を、自在に奏でている平井さん、本当にすごいなぁ。
空気や風によって音を出す楽器たちは、まさに楽器が呼吸して歌っているようだったし、その楽器を作った人に想いを馳せてみたり、それから白亜荘との響き合いを楽しんだり……心の中が忙しない。
そして演奏の合間には、自由に置いてある楽器を触らせてもらうことができた。どれもとっても貴重なものなのに、ありがたすぎる……!
世界にたった一つ
この楽器に向けられた製作者の想い。
この楽器ならではの唯一無二の音。
楽器ってこんなに力を持っていたんだ。
「どの鍵盤をおしても、なんだか素敵な音楽に聴こえるね」と、夫とただただ奏でることを楽しめた土曜の昼下がり。
ピアノを弾いているとき、私はひとりじゃなかったんだな……そう思えてきて、次の音を奏でるのがワクワクしてきた。
*
建物からこれまで起きたであろう、幾重の物語が聴こえる。楽器からも、製作者やこれまでの持ち主の声が聴こえる。
そしてこのイベントに向けて交わされた、企画に携わったみなさんの想いが伝わってくる。
……本当にたくさんの人の温もりを感じる幸せな演奏会だった。
おかげで大切な世界の扉をひとつ、開けられたような気がする。
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