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空飛ぶベッド

空飛ぶベッド


 熱があると見上げた天井が回転して見えるのは何故だろう。
社会人になると風邪を引いただけで自己管理がなってないと揶揄されるが、そういうお前は肝臓にガンを患っているじゃないかと反発したくなる。が、身体中の熱が私のシナプスをたゆませていて行動に移せない。おそらく、熱が綺麗さっぱりなくなったとき、未来の私は過去の、厳密には今の私の行動に感謝するということも薄ぼんやり分かるので定時まで業務をこなした。
 どのように帰宅したか定かではないが、肌触りの良いスウェット姿でベッドに沈みながら見上げる天井の色形はわが家であった。それが今、見たこともないほどに渦巻いており、はは、いよいよ高熱で脳がゆだっている、と笑いが込み上げたが単にベッドそのものが回転しているだけあった。
 ベッドはそのまま窓を突き破り、颯爽と夜空を飛行した。高熱に侵された私は為す術もなくじっとしていた。幸いなことに私は木綿布団を愛用していたため、掛け布団は飛ばされることなくがっちりと身体を暖め続けた。
 かつて、ベッドで旅行をする物語を図書室で読んだ。ふかふかで、毎晩安心して眠りにつくベッドが、心を沸き立たせる道具となる。それはどんなに魅惑的だろうとうっとりしたものだが、今の私はただただ早く寝たいという感情に支配され、手を伸ばせば届きそうな程に近い星々に対しても、無駄な明るさがうっとうしい。
 気落ちしたベッドは自室へ戻り、回転を止めて日常になった。
 明日は六時に起きて、まずシャワーを浴びる。

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