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創作大賞「ドラゴン・シード」#23

終章

 一年後───

 セントラルから珍しく電導トラックを何台か引っ張り出して、ジンは今、亜種の討伐チームを率いて第一セクターの砂漠地帯に来ている。久しぶりにゴッシュのチームと一緒だ。ケイトも喜ぶと思ったが、彼女は後から合流することになっている。
 砂漠とは言ってもこの辺りはオアシスが近く、乾いた大地には硬くて大きな岩がゴロゴロ転がり、まばらに潅木も茂っている。砂漠というより、荒地と言った方がいいかも知れない。
 ターゲットは鋼鉄蛇アイアンパイソン
 ニシキヘビに似ているが、胴体の直径はニメートル、体長は十メートル以上あり、大の男でも丸呑みだ。おまけに、鋼鉄の鱗にコブラ並みの猛毒を持っている。
 そいつが鉄鉱石の採掘現場近くに数匹出没したと聞いて、ジンのところに討伐依頼が来た。急所は眉間だということはわかっているが、あのバカでかい身体で鎌首をもたげられると、接近戦では急所に届かない。そして、下手に刺激すると、トゲのついた鋼鉄の尻尾を振り回し、こちらを軒並み薙ぎ払う。
 実に厄介な敵だ。
 崖の合間に追い込んで上から狙うか、ロケットランチャーでも使うしかないかと思っているところへ、誰かの「リリスのケイトだ」という声がしてスコープから顔を上げた。
 パイソン対策で、セラミックのプロテクターを着込んだ荒くれどもの合間を、ケイトがいつものアーミーシャツ姿で堂々と歩いてくる。
「よう、リリスのケイト、俺たちを慰めに来てくれたのかい? あんたなら、いつでも歓迎だ! 今夜テントで待ってるぜ!」
 軽口を叩くのは、近頃評判の売れっ子新人ルーキーだ。
 その冷やかしに、調子に乗った若造どもが次々に囃し立てる。
「俺のところも忘れないでくれよ!」
「俺もだ!」
「俺の精気を吸い尽くしてくれよ!」
 ケイトをよく知らない若造や新顔はドッと笑い、中にはモバイルのカメラをケイトに向けている者もいる。この作戦が終わったら、全員にモバイルを提出させて画像チェックする必要があるなと、ジンは心の中で作戦項目をひとつ増やした。
 下品な囃し声が響く中、ケイトは顔色も変えずにジンのところにまっすぐやってきて言った。
「ハイ、ゴッシュ。久しぶりだ」
「おう、元気そうだな」
「うん。早速だけどジン、パイソン一匹いくら出す?」
「は?」
 ゴッシュが「相変わらずだ」と吹き出した。
「いつもの倍でどうだ?」
「おまえな、それはいいとして、今までどこ行ってた?」
 ケイトはここ二週間あまり、ジンのコテージに帰ってこなかった。前の住処の廃工場跡にもおらず、モバイルに一度だけ「心配するな。元気だ」というメッセージが入ったきりだったのだ。
「別邸でバケーション」
「……どこの?」
「で、どうなんだよ? 私はこの仕事が終わったら、長期休暇に入るんだ」
「好きにしろ、言うだけ出すさ。それよりおまえ、長期休暇なんかとってどこ行くつもりだ?」
 その時、ルーキーが割り込んだ。
「リリスのケイトだけ倍のボーナス? 贔屓だ」
 ルーキーのその一言を聞いて、ベテラン組が一斉に口の端でふんと笑った。
「な、なんだよ、だってそうだろ?」
「おまえももちろん、ひとりでパイソンに止めを刺したらケイトと同じ条件だ」
 ジンがルーキーにそう言って、何事もないようにケイトに続けた。
「うちにちゃんと帰ってこい。相談したいことがあるんだ」
「相談したいこと? なに?」
「こんなところで話すことじゃない。後でな」
「わかった。で、作戦は?」
「今から説明する……」
 そう言って、ジンが地図を広げようとした矢先、誰かの悲鳴で中断された。
「うわああ、アイアンパイソンだ‼」
 駐車されている二台の電導トラックの間を、真っ黒で巨大な蛇が鎌首をもたげて近づいてくる。
 全員がパッととっさに安全なところに散った。
 ジャラジャラと硬い地面を鋼鉄の鱗が擦る音がして、誰が一番食いやすいかと舌をチロチロ覗かせながら吟味している。
 最初にケイトに軽口を叩いたルーキーは、その巨体を目の前に、固まってしまった。
「おい、逃げろ!」
 だがそいつは、蛇と視線が合った途端、尻もちをついた。ここまででかい亜種は初めてだったのだ。
 ゴッシュが舌打ちして走り出す。
「ジン、ボーナス倍だからな!」
 いうなりケイトが、パイソンに向かって走った。
 ゴッシュが腰を抜かした若造の首根っこを掴んで引きずった。
 パイソンの危険な視線がゴッシュとルーキーを追う。
「バカ、ケイト! むやみに突っ込むんじゃねえ! そいつの身体は鋼鉄だ! 急所は眉間なんだぞ!」
「誰に言ってんだよ!」
 言いながら、ケイトは結んでいた髪を解き、自分の身体を誇示するようにパイソンに向かって手を振った。
「へい、デカ蛇、こっちだ‼」
「バカヤロウ‼ プロテクターはどうしたんだよ⁉」
「重いんだよっ‼」
 ジンが慌てて後を追った時にはもう遅かった。
 ルーキーを狙っていたパイソンは、ケイトに気づくと牙を剥いて襲いかかった。
 シャアアアアッ――
 ケイトはそばにあったトラックのバンパーにガンッと勢いよく右足をかけ、ボンネットを踏み台に高く飛び上がりながら腰の脇差しを抜いた。
 ああ、凹んだ車体の修理代は俺が持つんだろうなと思いながら、ジンは空中で鮮やかに弧を描くケイトの宙返りを見守った。
 パイソンが鎌首をケイトに向かって振り上げた瞬間、上から飛び降りてきたケイトが、眉間の急所に体重を乗せた脇差しをガッと突き立てた。
 さらに勢いで体重をかける。刀がさらにめり込んだ。
 ザザザザザッ――
 バタバタとパイソンの巨体が地面をのたうち、張ったばかりのテントをいくつか薙ぎ払った。
 全員がその巨体を避けるように遠巻きにしていたが、ケイトだけは脇差しを突き刺したまま、パイソンの頭部から離れない。器用に頭部に食らいついている。そしてさらに深く傷口を穿ってゆく。
 やがてその死出の舞も止まった。
 ようやくケイトがその巨体から離れた時、青い顔のルーキーがケイトに言った。
「あ、あんた、なんでそんな自信満々に向かっていける……?」
「あいつからすれば私たちは餌だ。餌を食うときは口を近づける。あっちから進んで急所を差し出すんだから、待ってればいいだけだろ。難しい作戦も重いだけの鎧もいらない。わかったか、新人」
「……」
 誰もが唖然とケイトを囲む中、ジンがケイトの目の前に立って言った。 「そんな無茶な作戦、おまえしかこなせねえよ」
「そんなことはないさ、今コツは教えたろ? なあ、新人?」
「……」
 ルーキーがグッと言葉に詰まった。
「鍛え方が足りないんじゃないか?」
 そんなことを言いながら、ケイトは次に死んだパイソンにナイフを入れている。眉間に剣を突き刺されたままのパイソンは、そこから綺麗に皮を剥かれ、ピンク色の肉を露出させた。
「……何をやってる?」
 ジンが聞いた。
「捌いてる。早く血抜きしないと臭みが残って味が落ちる。砂漠だしな」
「……食うのか?」
「意外に淡白で美味い。残りは売る。それに、こいつの鋼鉄の皮はいい金になるんだぞ?」
「……知ってる」
「じゃあ、早く手伝えよ。みんなも見てないで手伝え! 今夜はこいつでバーベキューだ。皮は傷つけるなよ! 私のだからな!」
 全員が弾かれたように動き出した。みんなサバイバルはお手の物なので、こういう獲物の捌き方が上手い。凶悪な巨大パイソンはたちまち皮を剥かれ、毒を抜かれてウナギのようにバラバラになってゆく。
「残りのやつは明日以降だな。ま、金のなる木だと思えば、こいつらも可愛く見えてくるだろ?」
 ケイトの軽口にみんなが笑った。
 鼻っ柱を折られた新人達は、手痛い恥にまみれながら、畏怖と尊敬の眼差しでケイトを見ている。古株達は、さすがだなと口々に褒めそやす。
「ケイト、長期休暇とってどこ行くつもりだ?」
 誰かが聞いた。
「どこも行かないさ。当分うちにいる。サンキュウだ。この仕事はまぁ、その前のボーナスだな」
 全員がぎょっとして動きを止め、一斉にケイトを見た。
「サンキュー? サンキューってなにがありがた……」
 その意味がジンの頭に染み込んだ途端、全身からブワッと冷や汗が吹き出した。
「お、お、お、お、おま、おま……」
「腹が出てきたら動けなくなるから今のうちに稼がないと。でも、つわりがひどくてさ、参ったよ。カーラの家でへばってたんだ。だいぶ落ち着いてきたから戻ってきた」
「だ、だ、だだ誰か、こいつを縛り付けて……ああ、いやいや、ダメだ。……檻? トラックに檻があるからこいつをぶち込んで……いやいや、ダメだダメだ、そんなことさせるもんか……」
「落ち着け、ジン」
 ゴッシュがジンの尻をバシッと叩いた。
 続いて誰かがジンの背中をバンと叩いた。
 次々にでかい手がジンに飛んできて、バシバシ叩かれながら、最後にゴッシュが言った。
「おめでとう、おまえ、親父になるんだな」
 ゴッシュのでかい手が、ジンの頭をクシャクシャと撫でた。
 ジンの目にブワッと涙が溢れてきた。
 みんなのニヤニヤした顔が、涙でぼやけた。
「うわああ、やめろ、みんな、俺を見るな!」
 ジンが両腕を顔の前で交差させて必死で涙をこらえた。
「泣いてるのか、ジン?」
 ケイトに不思議そうに聞かれて、ジンが赤くなった。
「う、うるさい!」
 最古参のマシューが、のんびりした口調でケイトに言った。
「ケイト、おまえ、明日からの仕事は俺たちに任せて降りろ。ジンを見ろよ。普段クールな男が見ものだろう? これ以上おまえがここにいれば、こいつはおまえを心配しすぎて死んじまうぞ?」
「でも、私はヘマしない」
 不満そうにそう答えるケイトにジンが怒鳴った。
「そういう問題じゃねえ‼ おまえは俺を殺す気か‼」
「そうだぞ、ケイト」
 マシューが穏やかにケイトをたしなめる。
「もうおまえひとりの身体じゃないんだし、そんなおまえがここにいたら、俺たちも落ち着かないし、何よりもジンが全く使い物にならない。ジンが使い物にならないということは、俺たち全員の危機を招く」
「う……。わかったよ、マシュー」
「よし、いい子だ、ケイト。ああ、俺が狩ったパイソンの皮は、懐妊祝いにお前にやるから」
「俺も」
「俺もだ」
 チームのみんなが次々に申し出てくれた。
「マジか! ありがとう、みんな!」
「わかったらさっさと帰れ!」
 ジンが怒鳴るとケイトが渋々立ち上がり、ブツブツ言いながらトラックに向かって歩き出した。ちゃっかり一抱えもあるパイソンの肉を小脇に抱えている。
「なんだよ、泣いてたかと思ったら、ガミガミガミガミ……。なんで私が怒られなきゃいけないんだ。意味不明だ……あ、ジン! ロケットランチャーなんか使ってパイソンの皮台無しにしたら許さないからなぁ‼」
 だいぶ遠ざかってから、ケイトが振り返ってジンに指を突き付けた。
 ジンが唖然とその背中を見送っていると、誰かのでかい手が、またジンの尻を叩いた。
 バシバシと次々と叩かれた。痛い。
「男心のまったくわからない女神嫁にした男は苦労が絶えないな。同情するよ、ジン」
 ショーターが言った。
「……俺、この仕事を最後に引退する」
 ジンのその言葉に全員がびっくりした。
「引退して何やるんだ?」
 ゴッシュが聞いた。
「農場を買う。去年金になる魔石手に入れてまとまった金が手に入ったんだ。ずっと考えてた。俺たちはライフスタイルを見直すんだ」
 実はその後、ジンはもう一度あの古井戸のチューブに行ってみたが、どういうわけかそこはすでにただの古井戸に戻っていた。あのドラゴンの龍涎香は、ジンが何気なくポケットに入れて持ち帰った卵大の物がひとつきりだったのである。それでも結構な金額にはなった。
「なるほど。そりゃあいい。ケイトはああ見えて、農作業とか好きだしな。
 トーマが言った。
「なんでそれを早くケイトに言わないんだよ」
 ゴッシュがあきれている。
「内緒にしてたわけじゃないんだが、タイミングを逃したんだ……」
「というわけでだ、今夜ぐらいは俺たちでなんとかするから、家まで送ってやれ。そんで、皮を残したままパイソン狩れる方法、一晩で考えてこいよ、スキピオのジン」
 ゴッシュが言った。
 ショーターが、剥いだばかりの重たい鋼鉄の皮をドサっとジンの両腕にのせた。
 それを抱えてジンはよろよろと走り出した。
「ケイト、待て! うちまで送っていくよ!」
「ジン!」
 その声に振り向くと、ゴッシュが電導トラックのキーをこちらに放り投げた。
 慌ててそれを受け取りながら、ジンはさらに走った。
「ケイト、待てってば!」
 トラックから荷物を引っ張り出していたケイトが、焔のような赤い髪をなびかせて、ジンに笑顔を見せた。
 その笑顔を見ながら、ジンの苦労はケイトがこの世に存在する限り報われ続けるのだと思った。


〈了〉

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