見出し画像

創作大賞「ドラゴン・シード」#20

20話

 ケイトは娼館の中庭に飛び出し、庭の隅にある古井戸にまっすぐ走っていった。そして、井戸を塞いでいる板切れを次々に剥がし始めた。古ぼけているように見えて、その板は案外しっかりしていた。腐ってもいない。やがて真っ暗な穴が、まっすぐ地下に向かって開いている井戸口が露わになった。「何も見えないな。なんで井戸なんだ?」
 ジンがモバイルの灯りを穴に向けるが、底の水が反射で光ることもない。
 ケイトが足元に落ちていた小石を投げ込みながら言った。
「前にフレーネが、嫌なことがあるとここの古井戸に行くって話してたことがあるんだ」
 石が枯れた底に当たるカツンという音も、水に沈むぽちゃんという音もしない。
「灯りとロープがいるな……」
 ジンが言い終わる前に、ケイトは崩れかけたレンガの淵に手をかけ弾みをつけると、ためらうことなく両足を揃えてひょいと一気に中に飛び込んだ。 「うわ、おい‼」
 ジンはギョッとしたが、暗闇の中にケイトの姿はすでに消えている。悲鳴も重いものがつぶれる音もしない。仕方なく、ジンもすぐに後を追った。
 出し抜けに、ジンの周囲をオーブがいくつもすり抜けていった。この空間を通るとき、いつも襲われるごく軽い吐き気と頭痛がする。
 チューブなのだ。
 まっすぐに落ちているつもりが、いつの間にか足はゴツゴツと硬い地面を踏み、どこかを歩いている。
 少し前をいくケイトの背中が見えた。
「お前には慎重さという危機管理能力がないのか」
 追いつきながらジンが文句を言った。
「ある。井戸の蓋の汚れがカモフラージュだった。井戸の淵に足跡がいくつも残っていたし、石も投げ落とした。だから良しとした。慎重さは切り上げる見極めが必要だ。やり始めるとキリがない」
「……俺さ、おまえといると、時々とんでもなく無能な臆病者なんじゃないかと思う時があるよ」
 ケイトが意外そうに眉を上げた。
「バカだな、ジン。私は自分の足りないところはおまえがフォローしてくれると思うから自由に動けるんだ」
 あまりにも当たり前にそう言われて、ジンは虚を突かれて固まった。
 つまりケイトは、ひとかけらも疑うことなく、全幅の信頼をジンに寄せていると言っている。
「そ、それはおまえ、買いかぶりすぎだ」
 ケイトは肩をすくめただけだったが、ジンは全身に冷や汗が滲んだ。
 嬉しいと思う反面、よく考えてみれば、ジンの判断ミスがケイトの命に関わるということではないか。そんな恐ろしいことはない。そしてジンは、過去に手酷い失敗をしている。
 チューブの出口を出ると、大きな洞窟に出た。
 二人でモバイルのライトをつけて中を照らした。
 湿っぽい洞窟で大量の水がどこかから落ちているドドドという音がする。滝だとすれば、水音から遠ざかるように奥に行くのが正解だろう。
 二人は足を滑らせないよう注意しながら奥へと歩いてゆく。
 洞窟は徐々に狭くなっていくが、人が数人通れるほどの広さと高さは十分あった。ぼんやりと明るいところを見ると、どこかから月明かりが差し込む縦穴があるのかもしれない。
 やがて二人の目の前に、洞窟の岐路が現れた。なんとなく、灯りの見える方に歩いていった。
 すると、岐路の先に幾重にも張り巡らされた色とりどりの布が見えてきた。それをかき分けながら奥に進んでいくと、まるで大きな鳥の巣のような寝床が現れた。
 その中心では、毛布に包まって眠るフレーネの明るいブロンドが見えた。
 ケイトがパッと走ってゆく。
 ジンはその後ろを慎重に近づき、懐のコルトをそっと取り出し安全装置のレバーを外した。
 ケイトが眠っているフレーネのそばにしゃがむと、髪を撫でながら静かに声をかけた。
「フレーネ……」
「……ん」
 毛布を抱えている手が何か変だ。ざらざらと赤く爛れ、一部が角質化しているように見える。服からはみ出した手足には包帯が巻かれていた。
「フレーネ、起きて……」
「……ん?」
 ケイトの呼びかけに、フレーネがゆっくりと目を開いた。
 ケイトはその瞳を見て驚きに目を見張った。青かったはずのフレーネの瞳は、ルビーのように紅くなっていたのだ。
「ケイト? どうしてここがわかったの?」
 フレーネは己の変化にも気づいてないのか、目をこすって起き上がりながら、ケイトを見て無邪気に笑った。
 その拍子にぱらっと腕の包帯が取れた。
 そこは、くすんだ赤い鱗に覆われていた。よく見ると、フレーネの首や胸のあたりも硬い鱗に覆われようとしていた。それは今や身体中に広がっているのだ。
「フレーネ……」
 ジンは引き鉄に指をかけながらも、フレーネの驚天動地の変化に心を奪われ、動けずにいる。
「ジンさん? 二人ともどうしてここが……?」
 状況がいまいち飲み込めないフレーネが、きょとんと二人を見比べている。
「フレーネ……」
 ケイトは、腕を伸ばしてフレーネを抱きしめた。
「あのね、ケイト」
「うん……」
「最近、身体が怠くて眠ってばかりで、それに、お腹の痣がどんどん広がってきて、魔法うたも魔法薬もちっとも効かなくて……」
「うん……」
 この風変わりで小さな住処に持ち込んだ、安物の小さなスタンドミラーに映るフレーネはポロポロと泣いている。
 フレーネは、自分を抱きしめるケイトのシャツを掴んだ。
「ケイト……私……」
 ケイトがぎゅっとフレーネを抱きしめた。
「ヒトじゃなかったのかなぁ……?」
「フレーネ……」
「でもね、ケイト、私には神様がついてるんだよ。ケイトにも会わせてあげる」
 フレーネがケイトから離れ、おもむろに立ち上がると、目の前に垂れ下がった大きな布を思い切り引っ張った。
 バサッと音を立てて外れた布が落ちると、それに釣られて幾重にも垂れ下がっていた長い布が次々にバサバサと落ちてゆく。広い洞窟にいくつもの布がひらひらと翻る。
 その向こうに、何か巨大なものが蹲っている影が見える。
 そして、もはや嗅ぎ慣れた龍涎香の匂いとともに、その布の先にいたものの姿が露わになった。
 それは、体高5メートルほどの巨大な竜だった。
 ケイトとジンが、その衝撃の生き物を前に息を飲んだ。
「……そうだ、そういうことだったんだ」
 フレーネが竜を目の前に、納得したように立ち尽くしている。
「私、竜の仔なんだ……」
「フレーネ……」
 そのとき、竜の巨体がグラリと動いた。
 とっさに、ケイトとジンが身構える。
 しかし、一瞬大きく身じろいだと思った赤竜は、よくみると長い尾が根っこのところでボキッと大きく折れた衝撃で動いたように見えただけだった。
 角のある尖った小さな頭を前肢に乗せ、全身を丸めるようにうずくまっている。暗赤色の硬い鱗は、腹の辺りだけ白く、皮膜のついた大きな翼は片方が折れてうまく折りたためないようだった。紅い目は光を失ったまま薄く開かれ、全身のあちこちがボロボロと崩れていた。
 今しがたもげた太い尻尾が、崩れ落ちた衝撃で、まだボロボロと細かいカケラを落としている。
 それは、もうとっくの昔に死んで石化している巨大な竜の魔石だった。 「赤竜だ……」
 ジンが魅入られたようにその巨大な骸を見上げながら言った。
「あれが……」
「本当に存在したのか……」
「……ジン、あの腹」
 ケイトが赤竜の腹の辺りを指した。
 そこはおそらく死因となっただろう大きく無残な傷が開いており、ごっそりと抉られた腹の傷からは、ごつい臓腑がこぼれ出していた。だがそこもすでに石化している。そしてその側にいくつもゴロゴロと転がっている深紅の石が龍涎香だろう。どれも赤ん坊の頭ほどある。赤竜の腸全体が寄生されていたのだとすればすごい量だ。鼻の奥が痛くなるほど強い芳香が漂っている。
「考えてみれば、今まで一度もこの可能性について思い浮かばなかった自分が情けないよ。龍涎香は竜の腹でできるんだ。本体があって当然だ」
「でも、ジン、こんなの……」
 無造作に竜に近づいてゆくフレーネを見ながら、ケイトが泣きそうな顔をした。
「どうしたらいいんだ……」
 フレーネが、拳大のカケラをひとつを拾い上げて、こちらを見ながら言った。
「お母さんがここを教えてくれたの。魔法の隠れ家だよって。ここへくれば嫌なことは何もかも忘れられるよって。私たちを守ってくれる神様がいるんだからって」
 フレーネは深紅の龍涎香を見つめながら言った。
「でもお母さんは、この香りでしょっちゅうトリップしてただけで、この石の本当の価値を知らなかった。そもそも、ここを見つけたのだって、若いころ男に捨てられてやけを起こして、あの井戸に飛び込んで自殺しようとしたからなんだって。笑っちゃうよね」
「フレーネ……」
「お父さんは、おまえは俺の子なんかじゃねえっていつも言ってた。お母さんは、おまえの本当のお父さんは神様だよって言ってた。そういうことなんだね」
 そのとき、突然あたりの気温が急激に低くなった気がして、ジンの背中に悪寒が奔った。
 ぞっとするような気配を感じて赤竜を見上げると、うずくまった巨体がわずかに動いた気がする。
 バラバラと赤竜の身体が何かの刺激を受けて小さく崩れた。
「……?」
 ケイトもその異様な気配に気づいて全身に緊張を漲らせた。
 すると、洞窟の隅からブワッと突然溢れ出した何かの黒い影が、徐々に寄り集まって異様な姿を露わにした。
 輪郭のないもごもごと蠢く漆黒の靄。
 それはたちまち膨れ上がり、禍々しい気配で洞窟を満たし、せわしなく体表をうごめかせながら、輪郭の曖昧なその巨体でズルズルとゆっくり移動する。
ヤミだ……」
 ケイトとジンがどちらからともなく呟いた。
 ケイトがとっさに、毛布を掴んでフレーネを包むように抱えた。
 そのケイトに覆いかぶさるようにジンが抱え、ゆっくり全員で地面に伏せる。
 そしてジンは、手に触れた布をゆっくり手繰り寄せ、目立たない動作でそれを全員の頭に被せた。気休めにしか思えないが、これで少しでもヤミから隠れようとしているのだ。そして、その布の陰からヤミを見守った。
 パックリと開いた顔の真ん中にあるヤミの虚ろな白い単眼ひとつめが、複数の瞳をギョロギョロと動かし、赤竜に目を留めたのがわかった。
 辺りに真っ黒な穢れを振りまきながら、ヤミがズルズルと動き始める。
 足元からガラガラと骨の欠片を零しながら、赤竜のそばまで寄ると、ヤミは唐突に洞窟いっぱいにブワッと広がったかと思ったら、赤竜に向かって急速にギュッと寄り集まって包み込んだ。
 古代の竜の骸が震えている。ガラガラと音を立てながら全身がググっと持ち上がり、立ち上がった。
 ズシッ───
 重い音が洞窟中に響いた。
 赤竜が鎌首をもたげ、太い四肢を前に出してゆっくりと歩いていた。
 全員が固唾をのむ。
 だがよく見ると、その赤竜は全身から黒い靄を漂わせている。
 もげた太い尾っぽの丸い痕、腹に開いた大きな傷。そこからこぼれ落ちている臓物を引きずり、ズシン、ズシンと歩いているが、その衝撃でたちまち全身がボロボロと激しく崩壊してゆく。
 ヤミが取り憑いて無理やり動かしているのだ。
 角のある尖った頭を振り上げ、赤竜が咆哮するように口を大きく開いて全身を震わせた次の瞬間、その巨体は唐突にザアッと一気に崩壊した。龍涎香の匂いが濃くなる。
「う……」
 ケイトの腕の中で、フレーネがガタガタと震え始めた。
 安心させるように、ケイトが抱きしめる腕の力を強めたが、フレーネの身体はますますがくがくと大きく震えだし、噛み締めた唇の間からうめき声が漏れる。
「ううぅぅ……あ、ああ……」
「フレーネ?」
 ケイトが声をかけたその瞬間、フレーネの背中がグググっと大きく膨れ上がり、抱きしめていた腕が外れた。
「アアアアアアッッ!」
 フレーネはもがきながら起き上がり、膨れ上がる全身を持て余すように咆哮した。
「ウアアァアアァ──ッッッ!」
「フレーネ‼」
 ケイトがその身体をもう一度抱えようとして縋りつく。
 だが、急激な変化に悶えるフレーネにたちまち振り払われた。
「ケイト、フレーネから離れろ‼」
 ジンが叫んで銃口をフレーネに合わせる。
「やめろ、ジン!」
 ケイトは何とかフレーネを鎮めようとするが、正気を失ったフレーネにケイトの声は届かない。
 フレーネの全身を赤い鱗が覆いつくす。手足が伸びてゴツゴツと盛り上がり、禍々しい鉤爪が伸び、唇から鋭い牙が覗く。赤い目の奥の虹彩が縦に割れ、服が裂けて肩甲骨が大きく盛り上がる。まるで翼を生やそうとしているかのように。
「フレーネ!」
 狂ったフレーネが異形の姿でケイトに襲い掛かろうとしたとき、ジンのコルトが正確にフレーネの心臓を撃った。
「ギャアアア──ッ!」
 フレーネが苦痛の咆哮を上げる。
 だがフレーネは倒れない。続けざまに急所を撃つジンの45口径の銃弾は、固い鱗にことごとく跳ね返された。
「クソッ!」
 ジンが愕然と突っ立つケイトを背中にかばった。
 苦痛に喘ぐフレーネの咆哮が洞窟を震わせる。
「ギャアアアァ──ッ!」
 そして、赤い石塊の山になって崩壊した赤竜の残骸の上に蹲っていたヤミが、フレーネに気づいて興味を持った。
 禍々しい単眼がギョロギョロとフレーネを見つめている。その眼がニィッと弧を描く。
 ビュッ───
 目にもとまらぬ速さで唐突に伸ばされた触手が、異形のフレーネを捕えようとした寸前、白い何かがそれを弾いた。
「ジン!」
 イヴだった。白い小鳥がヤミに群がり翻弄するが、ヤミはうっとうしそうにもごもごと蠢くだけだ。
「私ではヤミは止められない。早く逃げなさい!」
 ヤミがイヴの小鳥に気を取られているすきに、ジンが呆然と突っ立つケイトの腰を抱え、肩に担ぎ上げるようにして元来たチューブに向かって走った。
「うわ、ジン! 離せ‼」
 暴れるケイトを抑えながら、あと一歩でチューブの入り口だというところで、それまで洞窟一杯を満たしていた、もはや人の面影のないフレーネの咆哮が唐突に途切れた。ケイトが反射的に振り向くと、フレーネがヤミに頭から飲み込まれている瞬間が見えた。
 イヴの小鳥たちが一斉にヤミから離れ、主の元に戻ってゆく。
 ジンがその衝撃の光景に気を取られて一瞬動きを止めた。
 瞬間、ジンの首に衝撃が走った。とっさに急所を外したので昏倒は免れたが、そのはずみにケイトに逃げられた。
「くそ」
 ケイトはまっすぐヤミに突っ込んでゆく。
「待てケイト!」
 そのあとをジンが追う。
 ケイトがフレーネを追って迷わずヤミの中に上半身を突っ込んだ瞬間、ジンがケイトの腰をつかむことに成功した。脚を踏ん張り、両腕で思い切り引っ張った。
 が、重い。
「うおおおお‼」
 ジンが吠えた。
 ケイトの顔がようやく見えたところで、この重さの原因がわかった。ケイトは異形化したフレーネの手首を掴んでいたのだ。離せというジンにケイトが必死に首を振る。
 十年前のあの光景がジンの脳裏によぎった。
 巨大な蟻の化け物に飲み込まれ、燃え盛る蟻地獄に落ちてゆくサシャ。
 ジンの腕の中で血まみれで死にかけているケイト。
 踏ん張る脚がじりじりと引きずられてゆく。
 ケイトの半身が再びヤミの中に消える。
「……っ」
 ジンがケイトから手を放し、思い切って頭からヤミの中に飛び込んだ。
 途端に全身に焼けつくような闇がジンに絡みつき、靄の奥に引きずり込まれてゆく。
 ──うっ……。
 何も見えない。息もできない。だがすぐ隣でケイトの気配がして、必死にフレーネの手を掴んでいる。手探りでケイトのその手を無理やりフレーネから引き剥がした。ケイトがジンの手をかきむしるが、その痛みをこらえて思い切りケイトを外に向かって蹴りだした。ふっとケイトの重みが消えた。
 すまん、ケイト。
 そして今度は、ケイトから無理やり引き離され、闇に引きずり込まれるフレーネの手首を掴んだ。徐々に自分に引き寄せたが、足場のないこのヤミの異空間では、なすすべもなく奥へ奥へと引きずり込まれてゆくしかない。
 フレーネは意識を失っているがまだ温かい。だが、闇の中でフレーネの身体がぼろぼろと崩れるように溶けていくのがわかった。たぶんジンも、この異形の闇の中でこんなふうに溶けてなくなるのだろう。そしたらケイトへの想いも、溶けて失くなるのだろうか。それならそれでいっそ楽になるかもしれない。
 ──ごめんな、フレーネ。こんな決着しかつけられなくて。ごめんな、ケイト。今度もそばにいてやれない……。
 ジンはフレーネとともに、ズブズブとヤミの深淵に飲み込まれてゆく。

◇ ◇ ◇ ◇

 一方、焼けつくようなヤミの靄の中からジンに蹴りだされ、ケイトは元の洞窟の地面に転がった。愕然と自分の置かれた状況を理解する。
「ジン! ジン――ッ‼」
 ヤミが目当てのものを手に入れて、満足したように洞窟の隅にあるチューブに向かってズルズルと巨体を移動している。ケイトはすぐさま立ち上がって、ヤミに向かって走った。
「うわあああ!」
「ケイト!」
 イヴだ。
 イヴには目もくれない。
「ケイト、待ちなさい! 追ってどうするのよ! ジンはもう戻れないわ!」
 イヴの魔法でケイトの足が止まる。小鳥たちが次々にまつわりつく。
「うるさい‼ イヴ、魔法を解け‼」
 渾身の力でケイトはなおも走ろうとする。
「ヤミは人間には倒せないわ! あれは生き物の営みそのものが具現化したものなのよ!」
「うるさい! ヤミなんかどうでもいい‼ 魔法を解けええ‼ じゃないと、あんたもぶっ殺すっ‼」
 激しい怒りと興奮で泣きながら渾身の力を振り絞り、ケイトの身体がグググと少しずつ動くのを見て、イヴは半ば呆れながら魔法を解いた。ケイトは手足がちぎれようと力を緩めそうにない。
 己が開いたチューブにすでに吸い込まれようとしていたヤミの中に、ケイトが間一髪で間に合った。
「人はいずれみんな死ぬんだから、早いか遅いかだけの違いだわ。ま、お手並み拝見というこうじゃないのニンゲン」
 イヴの全身がバサッと音を立て、数十羽の白い小鳥が洞窟の中で羽ばたいていった。
 誰もいなくなった洞窟では、壊れた竜の残骸だけが転がっている。


前話
次話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?