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東京都知事選を経て

東京都知事選が終わってもなお、Xのタイムラインはそれぞれの支持者を崇め、他の者を貶すもので溢れている。

そしてSNS上のコミュニケーションはエコーチェンバーが加速し、価値観の似た者同士が関係を強固にしている。そこには他の価値観の入り込む隙間はなく、盲目的かつ閉鎖的だ。

それはSNSの仕様とも関係しているだろう。アルゴリズムにより似通った意見のみがタイムライン上に現れ、それを否定するものは簡単にブロックできてしまう。他者に耳を傾ける事のしずらい仕様である事が一つの要因だろう。

そこで1つ考えてみたいのは、身体性から他者への傾聴の姿勢を取り戻すという事だ。

ここのところ猛暑が続き、もう夏盛りの様な気がしてくる。私は田舎住まいなので夏の風物詩の1つにぱっと浮かぶのが縁側の風景だ。

近所の人が訪ねてきたら、縁側でお茶をして休んだり、夜になれば縁側で大人は涼みながら、庭ではこどもが花火をしたり…

家族以外の人間とも縁が生まれる場所、それが縁側である。

そしてそれは必ずしも招いた客のみではない。縁側で話していれば、通りがかった近所の人が加わることもあれば、虫が入ってきたりもする。招かざる者もまた入る余地があるのが縁側なのだ。

選別不可能な他者と生きるこの社会で、閉鎖と排除の論理で他者を無視する事は、どこかで限界がくるはずである。かといって価値観の異なる者と積極的に関わりにいくことはお互いにとって不健康である事が多いだろう。

それならば他者の入りうる余地のある場を持ち合わせている事がとても大事になってくるのではないだろうか。

まぁとにかく、みんな夏のせいか熱くなりすぎだよ、ちょっと縁側に座ってお茶でも飲みなよって言いたくなるよね

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