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小説ですわよ第2部ですわよ3-7

※↑の続きです。

「回路解放、安全装置解除……」
 駆動音が強まると同時に、カーナビの案内音声が小さくなっていく。そんな中、マサヨの唾を飲みこむ音はハッキリと聞こえてくる。舞も手のひらにじわりと汗が浮かんでくるのがわかった。
「ターゲット・スコープ、表示。電影クロスゲージ、明度20……」
 運転席正面のフロントガラスに、〇と十字を重ねたターゲット・スコープが映し出される。同時に車体前面へ展開していたミラーが、アームの誘導で両側面へと収まる。前方の視界が開けた。しかし目標は未だ透明化したままで、スコープはガラスの表面上を当てもなく彷徨う。

 と、いきなり視界が歪み始める。舞は目の異常かと焦ったがそうではない。機械蜘蛛が光学迷彩を解き、砲塔を構えて姿を現したのだ。舞が回避しようとハンドルを握る刹那、ピンキーセプターがヘッドライトに隠された発射口から緑色の粘液を発射し、猛然と蜘蛛へ突撃していく。
「だらっしゃああああいっ!」
「イチコさん、ナイス!」
 ビュルッビュルルルル。
 妙に卑猥な粘液は、空を切ってアスファルトに散る。蜘蛛は粘液を浴びる直前に飛び上がり、ピンキーセプターのルーフに着地した。天井がひしゃげ、サイドガラスがぷくりと膨らんでから粉々に砕け飛ぶ。
「上を取られた!? くっ!」
 ピンキーセプターのエンジンが唸りを上げ、後方へわずかに動くが、機械蜘蛛の重量に阻止される。さらに蜘蛛は、砲口の角度をMMへと調整する。
 舞は回避と蜘蛛の誘導のため、MMを急発進させる。ゆるくカーブを描きながら走ると、そのあとを縫うように蜘蛛からの連射が地面に穴を開けた。

 舞はそのまま蜘蛛の周囲を回るように車を走らせながら、カーナビを急かす。
「ビームの準備はまだ終わらないの!?」
「間もなくです。フロントガラスからの視界内に目標を捉えてください……対ショック、対閃光防御」
 助手席のグローブボックスが自動的に開き、レンズが〇と□になっているメガネ――イェール大学助教授も愛用するアレである――が、ふたつ飛び出した。マサヨがそれをキャッチし、自分のをかけてから、舞にもかけてくれる。
 その間にも、蜘蛛の執拗な銃撃は続く。舞は尚も車を円形に走らせ、銃弾の雨を交わしていた。
「ホラホラ、逃げてるばかりじゃワガハイは倒せないナリよ!」
「愛助……」
 マサヨは自分の知らない狂暴な愛助の挑発に歯噛みする。それを気遣う余裕は舞になく、どうにか急ハンドルで蜘蛛を正面に捉えた。ターゲット・スコープも蜘蛛に重なる。
 しかし再び視界が歪み、敵が周囲の景色と同化し始める。今、逃げられるのはまずい。舞がカーナビにビームの強制発射を命じようと口を開く。それと同じタイミングで、イチコが叫んだ。
「今だ、最後っ屁!」
 空気が爆裂し、銃撃で砕けたアスファルトが粉塵となって宙を浮かぶ。そしてピンキーセプターが2~3メートルほど飛び上がった。残りの屁を使ったのだ。
「うわぁっ、なんナリかあ~~~!?」
 衝撃で蜘蛛は振り落とされ、空中でひっくり返る。そして透明化が解かれて地面に落下した。足を天に向けて起き上がろうともがいている。そこへ着地したピンキーセプターが方向転換し、今度こそ蜘蛛の全身へ緑色の粘液を浴びせてやろうと発射する。
 だが、またも粘液は外れた。蜘蛛が振り子の要領で身体を左右に振って、元の体勢に復帰し、後方へ飛びのいたからだ。
「そんな、また……」
「ダメだ、粘液がなくなった!」
 珊瑚とイチコの絶望が、カーナビ越しに聞こえた。
「人間の分際で、生意気ナリ! 許さないナリよ!」
 蜘蛛のカメラアイが赤く光り、砲塔が獲物を前に舌なめずりするかのように、ねっとりと旋回する。

「クフフ、殺してやるナリ……!」
 ついに砲口がこちらを真っすぐに捉える。
「愛助、こんなことやめて! 殺すなんて、あなたが一番嫌いなことでしょ!」
「好き嫌いなどないナリ。必要であれば、ワガハイは人間などいつでも殺すナリよ!」
「でも、コロッケそば好きじゃん」
「な、なぜ、ワガハイの好物を!? 神沼様にも秘密なのに!!」
 蜘蛛が球状の頭部をでたらめに動かした。カメラアイが不規則に明滅している。攻撃の気配はない。動揺しているのだろうか。
「ビームはどう?」
「スカラー波収束中。準備完了まで、あと30秒」
 待っている余裕はない。今できることと言えば――
 舞は全力でアクセルを踏みこむ。
「蜘蛛に突撃します! マサヨさん、歯とアヌスを食いしばって。グッ!」
「わかった! グッ!」
 舞とマサヨは全身に力をこめ、激突の衝撃に備える。
「イチコさん、私たちも。グッ!」
「そうだね。歯とアヌスを、グッ!」
「言わないようにしてたのに!」
 ピンキーセプターもMMと並び、蜘蛛へ突撃する。
 しかしすぐに蜘蛛のカメラアイが明滅を止め、MMを見据える。ここまでか――

 そこへ蜘蛛の横方向から、なにかが超高速で飛翔。機関砲は発射されることなく轟音と伴って黒煙をあげた。
「今度はなんナリか~~~!?」
 舞も愛助と同じ想いだ。飛翔体が飛んできた方向に視線を移す。そこには――
「ビ、ビーバー!?」
 ビーバーである。
 あの動物の、ビーバーである。
 体長1メートル弱の、歯が出た、あのビーバーが二足歩行で立ち、ロケットランチャーを担いでいた。しかもウインクし、小さな手でサムズアップしてくるではないか。
「ビーバー店長、無事だったんだね!!」
 その場にへたりこんでいたkenshiが叫ぶ。ビーバー店長とは愛称などではなく、マジでビーバーだったらしい。〇と×のレンズ越しに見えるビーバー店長は、淡いピンクのオーラをまとっていた。返送者の一種なのだろう。

「あいつは噂の! うう……ここは退くナリ! きょ、今日のところは、このへんで見逃してあげるなりよ~!」
「待って、愛助!」
「次こそは殺してやるナリよ。マタネン♪」
 言葉と裏腹に、機械蜘蛛がぴくりとも動かない。さきほどのビーバー店長による援護射撃で異常が発生したのか。
「これは……まずいナリ! 動け、動くナリよ!」
とにかくチャンスは今しかない。カーナビが発射準備完了を告げる。ターゲット・スコープが自動で、蜘蛛に重なった。
「距離修正。目標捕捉。ビーム、いつでもどうぞ」
「食らえっ、スカラァァァビィィィム!!」
 これまでやられた鬱憤を晴らすべく、舞は力いっぱいハンドル脇のピンクボタンを押しこんだ。
 雨かシャワーを思わせる水音と、飛行機のジェット音が混ざり合う。そして小さく細い矢のような青白い光が無数に発射され、一本の束となって機械蜘蛛に直撃。着弾箇所の足がビームと同じ色の粒子を放って、溶けるように消えていく。ピンキーセプターで返送者を轢いたときに似ていると舞は思った。
「あ、ああっ……蜘蛛が溶かされていくナリ……」
 さらに自動でターゲット・スコープが移動し、残りの足を捕捉。ビームを浴び、足が次々に消滅していく。蜘蛛のボディは支えを失い、地面に落下する。
「や、やめて、やめるナリ……ぎゃあああっ!!」
 ビームは無情にも降り注ぎ続け、壊れた砲塔や、鋼鉄の装甲を虚無に還していく。残された球状の頭部が地面に落ちたところで、ビームが停止。頭部がむなしく転がり、キレイな断面を作って真っ二つに割れた。
「やった!」
「頭部に愛助が搭載されていると思われます」
 聞くが早いか、マサヨが助手席を飛び出し、蜘蛛の頭部へ駆け寄っていく。舞とピンキーセプターのふたりも降車して、マサヨを追いかける。
 割れた蜘蛛の頭部には、愛助の頭が入っていた。

つづく。