見出し画像

小説ですわよ第2部ですわよ3-6

※↑の続きです。

「愛……助……?」
 顔面蒼白とは、まさにこのことだろう。マサヨから血の気が引いていくのがわかる。思考も停止して、フロントガラス越しに立ちふさがる機械蜘蛛をただただ見つめている。
「愛助、その蜘蛛に乗ってるの!? やめて!」
「オヌシに命令される筋合いはないナリ! 死ぬナリ!」
 舞は敵の機関砲がわずかに角度を調整しようとする微動を見逃さない。一度襲撃を受けているからこそ反応できた。ハンドルを右に切ると、数コンマ秒遅れて、車体の左側を閃光が連続して駆け抜ける。蜘蛛の銃撃を回避できた。

 しかし、この回避は敵の初動を先読みしたに過ぎない。根本的な反応速度は向こうが上だ。ピンキーセプターのベクトルが右へ傾いたままのところへ、機械蜘蛛が二の矢となる連射を放つ。舞がハンドルを左に切り直そうとする瞬間には、フロントガラス越しに銃撃のマズルフラッシュが映る。間に合わない――
「スカラー・ウォール、オート展開します」
 舞が観念して顔を伏せると同時に、カーナビが抑揚のない機械音性で穴薄んする。直後、運転席へ影が差した。顔を上げると、巨大な壁が前方に立ちふさがっている。ピンキーセプター側面のマジックミラーが機械のアームによって車体前方へ展開し、敵の銃撃を防いだのだ。
 スカラー・ウォール。それが改造マジックミラーの名称らしい。シルバーから事前に聞いていたが、銃弾や魔法などを防げるというのは本当だった。

「助かったよ、MM。ありがと」
「どういたしまして、てへぺろ」
「それ古いよ」
「ぴえん」
「それも微妙に古い」
 舞は隣のマサヨをうかがうが、まだ血の気が引いたまま口を開けて固まっている。声をかける前に、カーナビが音を立てた。その画面にはガトリング砲の画像が映し出されている。
「ですが、水原様。ガトリング砲の威力は古くより実証済みです。攻撃は最大の防御。当武装による反撃を提案。了承の場合、ウインカー傍のピンクボタンを押してください」
 この間も機械蜘蛛が、移動と砲口の調節を繰り返しながら執拗に攻撃してくる。切り抜けるには、敵を沈黙させるしかない。

「わかった。押すよ」
 舞がボタンを押しこむ手を、マサヨが掴んで止めた。
「待って。あれは愛助なの……」
 マサヨの顔は、限界まで水抜きしてやせ細ったボクサーのようであった。舞はその気持ちを理解しながらも、マサヨの手を振り払う。
「でも止めなきゃ、この世界が荒らされます!」
「そうだけど! そうだけど……あの子を撃つなんて……」
「だから、私が撃ちます。マサヨさんに愛助は殺させません」
「できるの?」
「えっ」
「愛助には心がある。人工知能だけど、コロッケそばを愛する心が! ロボットだけど彼は人間でもあるのよ!」
「だとしても……この状況で、判断に迷うこと言わないでくださいよ! そばを愛するロボットって、完全に人間なんですから! 私がやろうとしてることは人殺しのようなもんなんです! でも誰かがやらなきゃ!」
 こうしている間も、機械蜘蛛は縦横無尽に動きながら銃撃を加えてくる。MMがオートでミラーを操作して防いでくれるが、いつまでもつか……パリン。ガラスの割れる音がした。ミラーの耐久は限界らしい。
「ごめん……」
「あ、いや……」
 舞は自分が正しいと信じながらも、ピンクボタンを押せないでいた。

 そこへ綾子が通話で割って入る。
「愛助には、人の心があるというのね?」
「綾子?」
「心が、あるのね?」
「……あたしはそう信じてる」
「ならば我々も、それに賭けましょう」
「どういうことですか、社長!」
「スカラービームよ。MM、出して」
「かしこまりました」
 綾子の声に反応し、カーナビがパラボラアンテナのような機械を画面に表示させる。
「スカラー電磁波、人間だけが持つ無限の可能性の光。本来は方向性の概念を持たぬそれらを魔術兵器によって収束し、光波熱戦に変換して放射するわ」
「スカラー波って、パナウェーブ研究所のアレ? あんなもん本当に存在するんですか!?」
「魔術の原理ではね。スカラービームならば無機物を原子レベルに分解させながら、人間の精神を守ることができるわ」

「じゃ、よくわかんないけど押しますよ」
 舞はピンクボタンに指をかけるが、車体を襲う衝撃に阻まれた。機械蜘蛛が左から右へ薙ぎ払うように追撃を浴びせてきたのだ。銃弾はMMのみならず、カードショップに直撃。店舗が粉々に砕け散る。
「店長ぉ! ビーバー店長ォォォ!」
 kenshiが叫びながら、その場に両ひざをついて崩れた。まだ逃げていなかったらしい。そしてカードショップを破壊した犯人は消えていた。
「くっ、姿を消した!」
「気配を感じる。まだ近くにいるはずよ。ならば――」
「ならば!」
 通話に割って入ったのは、イチコのハスキーボイスだった。別地点にいて襲撃を受けたはずのピンキーセプターが、空から落ちてきて地面を揺らす。
「ピンキーセプターの魔術兵装で、蜘蛛の透明能力を無効にしてスカラービームを浴びせる。でしょ、姐さん?」
 魔術兵装とはピンキーセプターのフロントライトから発射される緑の粘液のことだろう。あれで返送者の超常能力を無効化したことがある。
「イチコさん! ていうか、この前オナラを使って飛んだばかりなのに、もう飛べたんですね」
「女子高生のオナラを急速チャージしたからね」
「ちょっとぉ、やめてください!」
 イチコの声にかぶさって、後方から珊瑚の声が小さく聞こえる。
「女子高生だけが持つ無限の可能性だよ。ハハッ」
「イチコさん、それセクハラってもんじゃないです。女子高生にそんな可能性を見出すなんて、キモオヤジかイチコさんしかいませんよ!」
「ハハーッ! まあそういうことだから、連携して愛助を助けよう!」
「了解です!」
 ひときわ大きくガラスの割れる音が響いた。スカラー・ウォールはもう限界のようだ。ビームを浴びせる相手の姿を確認しようとするが、すでに見えなくなっている。
「次に蜘蛛が現れたら、私が先に仕掛ける。そこを狙って」
「はいっ!」
 舞は今度こそピンクのボタンに指をかけた。隣のマサヨは祈るように両手を組み、前のめりになって戦場を見守っている。
「MM、スカラービーム発射準備!」
「レディ……予備電源切り替え、スカラーエンジン圧力上昇開始」
 獣が唸るような駆動音と共に、カーナビ画面が緋色の予備電源モードに変わった。

つづく。