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小説ですわよ第3部ですわよ3-5

※↑の続きです。

 2023年4月4日(火)6:56。
「物騒ねぇ」
 舞の母が、昨夜に探偵社(主にゴールド)がやらかした爆破事件のニュースを観て呟き、油揚げと小松菜の味噌汁をすすった。舞は目玉焼きを白飯の上に乗せ、醤油をひと回しかけ、半熟の黄身を崩しながら口にかきこむ。
「平気だよ、半グレといっても一般人にはそこまで手を出さないタイプみたいだし」
「舞ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」
「ぐほっ!」
 舞は喉につまった米粒を味噌汁で流しこんでから「ネットに書いてあった」とごまかす。母は素直に信じて「ネットってなんでもあるのね」と感心していた。
「でも巻きこまれないように気をつけてね。外回りの仕事なんでしょ?」
「うん。大丈夫、大丈夫」
「無理して働かなくたっていいのよ。だってほら、貸してたお金は先月全部返してもらったんだから」
「あ……」
 舞は探偵社でバイトする前、ゲーム会社で事務の仕事に就いていた。しかしパワハラ上司と揉め、のど輪を食らわせて辞職した。その際に発生した金――上司への示談金と慰謝料(相手はパワハラが発覚するのを恐れて裁判沙汰にしなかった)や、職場近くのアパートを引き払う際の違約金など、合わせて200万円近くを母に肩代わりしてもらっていた。その後、しばらくは精神的な疲弊から家に引きこもっていたが、去年の12月に社会復帰して借金を返すと決めた。そうして偶然にも探偵社で働くことになったのだった。
 探偵社の時給は1500円。普通に考えれば200万円を返すには1年弱かかる。しかし舞は神沼や、アヌス02との戦いにおける活躍が評価され、綾子から200万円の臨時ボーナスが支払われていた。器の小さい吸血鬼だが、他者への配慮と金銭面に関してはしっかりしているのだ。感謝の言葉を伝える前に、宇宙に優しいギャルメイドやウラシマの件が続々と立てこみ、舞はすっかり忘れてしまっていた。
「このまま今のバイトを続けるよ。職場の人たちは好きだし、やりがあるし」
「そっか……よかった! でも本当に気をつけてね。ごちそうさま」
 母が立ち上がり、空になった食器を台所に持っていく。舞の言葉に嘘はなかった。当初の目的こそ果たしたが、探偵社の一員として働き続けたいと思っている。約1年後、イチコとの避けられない別れが待っているとしても。

 同日7:45。舞は探偵社の2階で、岸田の淹れた妙に酸っぱいインスタントコーヒーを飲みながら、今日の仕事について岸田から説明を受けた。
 返送者案件0。通常依頼0。
 舞がバイトに入ってから初めてのことだった。酸っぱいコーヒーにむせていると、3階から起床したイチコが、社長室から朝オナニーを済ませた綾子が各々やってきて応接スペースのソファに腰掛ける。舞はふたりに訊ねた。
「これもウラシマが関係してるんでしょうか?」
 以前、ウラシマの門番である銀次郎から聞いた話によれば、王が返送者を拉致しているという。まず反応してくれたのはイチコだった。
「私としては半々かな。水原さんが入る前は、返送者案件0なんて珍しくなかったからさ。姐さんはどう?」
「それを確かめるために、もう一度銀次郎さんと話してほしいの」
 綾子が視線でうながすと、岸田がタブレットを操作。舞たちのスマホに通知がくる。タップすると顧客管理アプリが起動し、依頼が表示された。

依頼者:九祭 阿曽子
前と同じ時間、同じ場所で。ブチ殺すぞ。

社内専用顧客管理アプリより

 九祭 阿曽子くさい あそこ。銀次郎が探偵社を呼び出すために使用した偽名だ。以前は王を再返送してほしいという依頼を受けた。しかし危険を考慮し、綾子が銀次郎の息子であるシルバーを通じて断りの連絡を入れていたが、まだ話があるらしい。
 綾子はキナ臭さを承知の上で、舞たちに『ある情報』を銀次郎から聞き出すよう命じた。
「ウラシマ内の対立で粛清された返送者の遺体が、現在どうなっているか知りたいの」
 その理由は、初代ピンキーに関連しているという。初代のエンジンを完全に稼働させるためには綾子の魔法が必要だ。だが矢巻は、その魔法に代わるものを準備している可能性がある。でなければ、数十年前に使用していた車を修復する必要がない。そして魔法に代わるものとは……綾子が唾を飲みこんでから舞たちを見渡す。
「大勢の返送者……正確には、超常能力の所有者よ」
 返送者の超常能力は一般人からすれば奇跡の魔法だが、綾子が使うレベルの魔法の足元にも及ばないという。しかしそれは返送者ひとりと、綾子ひとりを比べた場合だ。もし返送者が数千人いれば、綾子の力を上回る可能性がある。
「ええっと、つまり……矢巻は、ウラシマが粛清した大勢の返送者の死体を捧げて初代ピンキーを稼働させようとしているってことですか?」
 舞の問いに、綾子は神妙にうなづいた。

 ここまでの仮定が正しいとして、次に知るべきは目的だ。綾子は以下の2点から仮説を提示する。
・王は外界進出を図っている。
・初代を含むピンキーが持つ再返送能力の本質とは、時空に干渉して物体をあるべき場所に戻す力。
「矢巻は初代ピンキーでウラシマの結界を破壊し、王をあるべき場所……ウラシマの外に戻そうとしているんじゃないかしら」
 が、舞はすかさず疑問を呈する。
「ウラシマは、王が身寄りのない返送者たちに居場所を与えるために作ったんですよね?」
「ウラシマという名前のコミュニティが成立した経緯は、そうね」
「元々は違ったんですか?」
「彼らは結界の中に封印されたのよ」
 綾子は地球を見守り続けてきた記憶の一部を語り始める。

 ――遥か昔、この世界の知的生命体が吸血鬼だけだった時代。『アヌスのこすり合わせ』というマルチアヌス同士の接触が起こり、異なる次元から人間の祖先が移住してきた。人間の中には超常能力を持つ者がおり、彼らはこの世界の霊長類となるべく、吸血鬼を排除しにかかった。人間と吸血鬼、双方に多大な被害を出し、どちらかを絶滅させるしかないという終末戦争に差し掛かったところで、戦いを調停するべくマルチアヌスの外側から現れた者がいた。
「それが宇宙秩序たるスカラー電磁波の意思。宇宙に優しいギャルメイドよ」
 綾子は恐怖で小さくなった声を、どうにか絞り出す。

 宇宙に優しいギャルメイドは、人間側の指導者を『王』と呼び、彼に『不老不死』と『自らの意思にかかわらず外界と空間を遮断する能力』を与え、王を地球の小さな島に封じこめた。その場所こそ、現在のウラシマである。つまりウラシマとは王が作ったのではなく、作らされた・・・・・場所なのだ。そして時を超えて今、王は再び世界に躍り出ようとしている。
「そしたら宇宙に優しいギャルメイドが、また王をシバきにきて……あ!」
 舞は反論の途中で気づいて言葉を飲みこむ。王が途方もない時間を経て動き出したのは、宇宙に優しいギャルメイドに対抗する算段を見つけたのではないか。それはウラシマというコミュニティを作り、返送者たちを集めることによって成されるのではないか。
「だから銀次郎さんに聞いてきて欲しいの。殺害された返送者たちの遺体が、どう扱われるのかを」
 綾子の真剣な眼差しに、舞とイチコはしっかり頷く。銀次郎との密会は17時。それまで舞はイチコと暇つぶしに、トレーディングカードゲーム『TTS(タレント・ザ・スキャンダル)』を遊ぶことにした。芸能人や有名人の不祥事をテーマにしており、プレイヤーは週刊誌の悪質記者で、より過激な記事を書くことを目指すという設定だ。カードの組み合わせで強力な不祥事を作り、相手プレイヤーすなわちライバル記者のライフを削り合う。舞はイチコから貰った『たけし軍団』のスターターデッキをベースに、細川ふみえ、宮沢りえ母娘、タレント時代の蓮舫、若き日のダチョウ倶楽部、出川などのカードをショップで買いそろえて強化していた。対するイチコは、最近カテゴリ化された『とあるジャンルのタレント』をテーマにしたデッキであった。

「コストを消費して、ビートたけしに細川ふみえと原付バイクを装備。事故ってライフ半減」
「お~っと、復帰できるの!?」
「ここで『キッズリターン』のカードを発動! ビートたけしを北野武に反転召喚! ライフ回復です!」
「その手があったか! じゃあ私は不倫モンスターカード〇〇〇〇を召喚! 効果で女性プレイヤーをパイパンにする!」
「これ強すぎません!?」
「次のレギュレーション改定で禁止になりそうだけど、まだ使えるよ。これで水原さんのライフはゼロだ!」
「ふふふ、残念でしたね。私はすでにパイパンですよ」
「なにぃ!? だ、だが、ここで私は不倫モンスターカード〇〇〇〇を召喚! 女性ファンと繋がりを持ち、守秘義務を破ることによって――」

舞とイチコのTTS勝負の会話より

 かくして時間が過ぎ、約束の17時に舞とイチコは結目戸けつめど公園に向かった。今回は交渉役のホワイトと、応急処置役のブルーも一緒だ。ブルーだけをピンキーに残し、舞たちは公園に入る。
 だが予想に反し、銀次郎の軽トラは停まっていなかった。舞たちは不審に思いつつも、以前に銀次郎と話したベンチに向かう。そこに座ってたシルエットは、対面では初めて見るものだった。カンムリワシを思わせるアフロヘアー。ゴボウのように痩せこけた青白く長い顔。
「や、矢巻安夫……!」
 舞の叫びに、男が振り返る。目じりはやや垂れ下がっており穏やかに見えるが、口元を歪ませ邪悪に微笑んでいた。矢巻はアイコスをひと口吸ってから大した興味もなさそうに言い放つ。
「誰? 銀次郎の知り合い?」
「なんでお前がここにいる……!」
 舞が腰を落として臨戦態勢になるも、矢巻は動じない。イチコは舞を手で制し、飛びかかるのを止める。
「まだ手を出しちゃダメだ」
 矢巻はタバコを入れ替えながら、鼻で笑った。
「まだ? お前らバカは一生手を出せないよ。『先生』のところへ出入りしてるオレにはね」
「先生?」舞が矢巻を睨みつけながら聞く。
「ああ、お前らは『王』と呼んでるんだっけ」
 矢巻はアイコスを吸い、鼻から吐き出して言った。
「誰だか知らんが、偉っっっそうに。説教すんのはオレだから」
 矢巻が足を組みかえる後ろから、オールバックにメガネの白ジャージ長身男・ホワイトが、日本刀を矢巻の首筋に押し当てる。
「説教する気も、される気もない。首を落とされたくなかったら、大人しくしろ」
「ちょ、ホワイト! あんた交渉役でしょうが!」
 舞が叫んだ。でも無駄とわかっていた。以前の任務で、ホワイトが交渉という名の恐喝役だと知っていたからだ。が、矢巻が動じることはない。
「うん。普通の恫喝なんて面白くない。そもそも憎い敵を作りだして、戦うことがナンセンスだ」
「あ?」
 ホワイトがこめかみに青筋を立てた直後、彼の日本刀が横からのピンポイントな衝撃を受けて真っ二つに折れる。続けざまにホワイトの喉、胸、太ももを遠距離からの攻撃が貫く。
「うっ……ぐあっ……水原、森川、逃げろ! 狙撃手がいる!」
 ホワイトが地面をのたうちながらも状況を知らせ、舞たちは公園脇に停めてあるピンキーへ一目散に走り出した。

 つづく。