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小説ですわよ第3部ですわよ5-1

※↑の続きです。

 初代ピンキーは、かつてウラシマだった区域の中央を悠々と目指す。鉄柵を跳ねのけ、赤錆まみれのトタン屋根を吹き飛ばし、木造の柱へし折りながら。かつて行き場のない返送者たちの拠り所であったが、もうここにそんな哀れな被害者は住んでいない。みんな死んだか、初代の糧にされた。

 遅れて到着したイエローとゴールドが愛車を停め、絶望に声を震わせる。
「王が初代を手にした……もう終わりだ……」
「ウラシマに蹂躙されちまう……」
 これから王を筆頭に、数百の返送者が世に解き放たれる。探偵社に勝ち目はない。吸血鬼のコミュニティが介入してくれれば別だが、なにを基準に動いてくれるのかわからない以上、期待するだけ無駄だ。
 しかし舞には初代を追い、王と戦う理由があった。
「社長。軍団は退避させます」
「あなたも逃げるのよ!」
「私は王と戦います」
「やめなさい、ひとりじゃどうにもならないわ!」
「イチコさんが捕まっているんです」
 初代に捕縛されたままのイチコ。舞には相棒を奪還する使命があった。
「あと30分で私も行くから、せめてそれまで!」
「それより、どらきゅらブラッディ・エージェンシーでしたっけ。吸血鬼たちに介入してもらうよう働きかけてください」
「水原さ――」
 舞は綾子の通信を遮断し、車から降りようとドアノブに手をかけた。だが強制的にロックがかけられている。
「イチコ様を救いましょう、一緒に」
 ピンキーの機械音声には、凛々しい勇気がこもっていた。
「ピンキー……ありがとう」
 舞は運転席に座り直し、アクセルを踏みこむ。それに同調し、後方の黄色いキャンピングカーと、金色の装甲車もエンジンを再稼働させる。
「ボクたちも行くよ。毒をできるだけ調合しておいた」
「どうせ死ぬなら、ひとりでも多く返送者を道連れにしてやる」
 そこに緑と紫のバイクが駆けつけた。それぞれ後部座席に、銀と白のジャージが2ケツしている。
 ブルーは珊瑚の護衛、ネイビーはどこで何をしているのかわからないが……動ける軍団は全員揃った。
「……わかった、行こう!」
 ピンキーを先頭に、軍団の車両が三角形の隊列を成して走り始める。

 最初に襲ってきたのは、四角い鉄塊だった。黒い立方体が上空に出現し、イエローのキャンピングカーを押しつぶし、人が乗っていたとは思えないほど薄い鉄の板になった。断末魔があがる間すらなかった。
 次はゴールドの装甲車が絞り雑巾のようにねじれ、鉄クズに代わった。断末魔があがる間すらなかった。
 グリーンとパープルのバイクは真空に覆われ、カマイタチの刃によって2ケツ×2=4名の首と四肢が一緒くたに切断された。ジャージの色でかろうじて、どれが誰のパーツかを判別できる状態であった。断末魔があがる間すらなかった。
 時間にして1分も満たぬあいだに、残されたのは舞とピンキーだけとなった。しかし舞は何が起ころうと、決してアクセルを緩めなかった。それは軍団の死を割り切ったからではない。ブルーの『つんつん』があれば復活できる希望があるからでもない。ここで止まれば、一矢報いることすらできないからだ。
 悲しみをこらえるために噛みしめた唇から、怒りを抑えこむために脳が過熱して鼻から、血が滝のように流れ出ていた。それを拭うことすらせず、ピンクのジャージを真紅に染めて、初代を追う。

 やがて初代は、枯れた噴水を中心にした広場で停車した。この噴水に地下へつながる隠し階段があり、王の間へと繋がっている。
 数秒遅れて、舞とピンキーが追いついた。イチコは初代のアームに胴体を締め上げられ、苦悶の表情を浮かべている。
 ここからどうするか、舞は考えあぐねていた。ピンキーで接近しても初代のスカラー電磁波と高圧電流にやられる。降車して先に王の間へ乗りこむか? いや、外にいる返送者たちに狙われて何もできないまま即死するだけだ。
 そうしている間に噴水の土台部分が開き、隠し階段から男が姿を現した。瘦せ細った体躯、首元まで伸びる長い顎鬚、老いなのか染めているのかわからない白髪。昨年、宝屋の件で会った男。ウラシマを支配し、この世を地獄に変えんとする者。『飢える民の王』であった。
 王はゆっくりゆっくり一段ずつ、舞たちの怒りを煽るかのように階段を踏みしめ、地上に両足をつける。そして老いた見た目からは想像しがたい、若々しい声を張り上げた。
「久しいな、人間の子! 鉄の馬から降りよ。話をしようではないか」
「……」
 舞は微動だにせず、血塗れの顔で王を睨みつける。王は噴水のふちに腰掛け、足を組んで微笑む。
「汝らに与えられた選択肢は、そう多くない。どの道、死ぬであろう。しかし余の顔に唾を吐きかけたいのであれば降りてくるしかあるまい?」
 舞は「決してヤツの言いなりになったからではない」と、自らに言い聞かせてピンキーから降りた。

 舞はにじり寄ろうとするが、王が手を突き出して制する。
「まず先に称えるべき者がいる。矢巻よ」
「はっ!」
 磔にされっぱなしだった矢巻が、いつのまにか再び気絶していつの間にか目を覚ましており、唯一自由な首を起こした。
「よくぞ、王にふさわしいマシンを届けてくれた。いやはや、実に、実に、素晴らしい」
 王は恍惚とした手つきで、初代を撫でまわす。
「褒美をつかわそう。矢巻よ、汝の望みを申せ」
「……力です」
「チカラ?」
「はい。私は兵士として、幾多の戦場に赴きました。そのどれもが憎むべき敵を正義の名の下に作り出し、戦士を洗脳して駆り立て、殺し合いをさせる戦いでした」
「ほう」
「ですが私は……何の罪もない子供を殺してしまった。彼らは私に命乞いをした……あれは正義でもなんでもない!」
 矢巻の声が上ずった。本心であろうことに違いないとは舞にもわかった。調べによれば、矢巻は傭兵として海外での戦闘経験がある。
「それで?」王は淡々と続きを促す。
「圧倒的な力が欲しいのです。二度と過ちが起こらぬよう、戦いを抑制するする力が!」
 パチ、パチパチ、パチパチパチ。王が手を叩いて乾いた音と立てる。その拍子は次第に早くなり、拍手となった。
「素晴らしい理念であるな。胸を打たれた。汝の願い、我も叶えたいと考える」
「そ、それでは王!」
 矢巻が拘束を引きちぎる勢いで、上半身を引き起こす。
「うぬぼれるな」
「えっ?」
 グリーンたちを殺したカマイタチが押し寄せる。希望が絶望に切り替わる寸前、疑念の顔のまま矢巻の首から上が飛んだ。頭は荒れ果てたアスファルトを転がって王の足元に辿り着き。踏み抜かれてスイカのように赤々と破裂した。
「持たざる肉塊ごときがウロチョロしおって。まるで我らと同質であるかのような振る舞い。反吐が出る」
 抑揚なく言いのけると、王は血に濡れた足を意に介さず舞へ一歩踏み出してくる。

「待たせたな、客人。それで汝の望みは?」
「お前の首だ」
「ふむ。だが王は無償の愛を注ぐ者にあらず。また相撲をとるか?」
「いいや……」
 舞は以前にウラシマを訪れた際、王に相撲を挑んだ。ルール無用で反則技をしかけたが、それでも全く敵わなかった。そもそも、こんな大量殺人犯にまともな取引をしたところで意味がない。
「お前の首を、ただ奪う!」
 舞は背中に仕込んでおいたウネウネ棒を取り出し、ムチ上に伸ばして王の首に巻き付ける。
「む? これは……」
 王は動じないが、舞にも躊躇する余裕がない。
「だ、ダメだ、水原さん! 逃げて」
 イチコが止めようとするが、逃がしてくれる相手ではない。ならばやるべきはひとつ。舞はウネウネ棒を縮めて、王の首をねじ切るべく持ち手のスイッチを押……したはずだった。
「がああああああっ!!」
 神経をかき回される痛みが、一気に脳へ押し寄せる。舞の右ひじから先がくるくると回転し、枯れた噴水の中に落ちていく。どこかに潜む王の部下にカマイタチで切断されたのだ。
 しかし、今さらこの程度で諦めるわけにはいかない。舞は次の手段に思考を切り替える。
「ピンキー!」
「はい! 王を再返そ――」
 ピンキーはゴールドの装甲車がやられたように車体がねじれ、加速した勢いのまま地面を滑っていき、やがて動かなくなった。
「こうなったら!」
 舞は王に再度相撲を挑むべく突進する。が、宙を一回転し背中から叩きつけられた。そこにカマイタチで切断された自分の両足が落ちてくる。

「くそがああああああっ!」
 自由の効かない身体でのたうち回り、天へ吠える。そこへ王が歩み寄り、舞の右腕の切断面を踏みつけた。
「あああああああっ!!」
 どれだけ意思で抑えようと耐えきれず、舞の背中がのけ反る。王がその胸倉を掴み上げ、顔を引き寄せてくる。
「人間の子にしてはよくやった。幾千霜を経ようと、汝を忘れはしまい」
「ああ、覚えておけ。何度死のうが、そのたびに転生してお前を必ず殺す」
「水原……さん……」
 イチコもグラップルのアームに押しつぶされ息絶えようとしていた。吐血と吐息交じりの声で、舞の名を呼ぶ。
「余を殺すか。それは無理だ、人の子よ。余はあのマシンと共にスカラー電磁波の意思を従え、全マルチアヌスを手中に収める。真なる王を止められる者はおるまい」
「うるせえ、クソカス!」
 舞は残った左腕で王に拳を繰り出すが、あっさりと止められる。続けざまに王の顔面へ向けて唾を吐くも、簡単によけられた。
「余に唾を吐きかけることなく散るか。哀れなり。だが獣のごとき闘志やよし。せめて楽に死なせてやろう」
 王が舞の顔めがけ、素足を振り上げる。

(こいつ、足の裏汚ぇ……)
 身も心も打ちのめされ、仲間も奪われた舞が最後に思い浮かべる、しょうもない光景だった。
 王はイチコに舞が死ぬ瞬間を見せつけようと、口を卑しく歪ませる。
「よく見ておくのだ、獣の子よ。これがウラシマに牙を剥いた結果だ。汝のせいで、尊き者たちが無意味に命を散らすこととなった」
「獣の……子……」
 すでにイチコの瞳からは光が失われていた。ただ王に言われたことを繰り返す。
「そうだ。神に抗い、血の底に落ちた獣。それが汝である」
「あら……がう……」
「ハハハ、思い出すことは二度となかろうがな」
「思い出しはしない……過去も……真名も……だが、私のやるべきことは……理解した」
「なに?」
 王の弱者を弄ぶ下卑た笑みが固まる。
「私は宇宙秩序の守護者。しかして神に仇なす、まつろわぬ者。ゆえに――」
 死にかけていたはずのイチコが、シートベルトを外すかのように軽やかな手つきでグラップルの爪を押しのけ、拘束から放たれる。
「イチコ……さん?」
 大量の出血で意識が薄れゆく中、舞が見たのはイチコが凛々しく王に立ちはだかる姿。だが……決定的に異なっていたのは、頭にモノクロのフリルつきカチューシャ、腰には同じくモノクロのフリルつき前掛けがついていたことだった。その出で立ちは、先日遭遇した『宇宙に優しいギャルメイド』を思わせた。

「ゆえに私は特異点。王よ。宇宙秩序を乱さんとする貴様に奪われたものを取り戻す」

つづく。