小説ですわよ第3部ですわよ4-6
※↑の続きです。
初代を追いかけるといっても、迂闊に接近することはできない。先ほどのスカラー電磁波と高圧電流による迎撃を再び食らうのがオチだからだ。幸い、ピンキーの分析で迎撃の射程は初代から周囲20m前後だとわかっていた。舞たちはイエローの調合が終わるまで車間距離を保ちながら追走する。
初代はこちらの企みを、ある程度は察知しているのだろう。牽制すべくアームのひとつを稼働させる。アーム先端部は工事用のショベルではなく、円筒形で先端部が尖った鉛筆のようなアタッチメントが装着されていた。その先端部がピンキーに向けられる。瞬間、ピンキーは自ら急減速。アタッチメント先端部に紫の光が灯ると同時に、減速しなければピンキーがいたはずの地面が白煙を上げてえぐれた。
「緊急事態ゆえお許しください。あのアームに装着されているのはレーザー発振器です。工場などで金属の切断に用いられているものを高出力に改造したものでしょう」
ピンキーが解説しながら道路のえぐれた部分を通過すると、車体がガコンと上下に揺れる。
4本のアームに装着されたアタッチメントは、すべて異なっていた。
1本目はバケット。土砂を掬って運搬する際に用いられる一般的なものだ。
2本目はグラップル。先ほど霊柩車を挟みこんで持ち上げたときに使ったものだ。
3本目は今使われたばかりのレーザー発振器。
4本目は銃器のような発射口を備えたアタッチメントだが、なにが飛び出すのかわからない。
調合完了後、イエローは薬品を初代の給気口に投げる必要があるわけだが、その前に4本のアームを無力化しなければいけない。さらに給気口に狙いをつけられるほどの距離へ近づけば、スカラー電磁波と高電圧を食らって走行不能になることは必至。つまり相打ち覚悟の一発勝負である。
……という話を聞き、真っ先に動いたのはホワイトだった。
「在庫一掃だ。各車、もう10メートル初代から離れろ」
白い武装ヘリからミサイルが3発放たれる。ミサイルは赤い噴射炎を上げ、夜の道路を照らながらレーザー発振器に向けて真っすぐ飛んでいく。初代はすかさず反応し、レーザー発振器をミサイルに向ける。紫の光が灯った瞬間、ミサイルは縦から真っ二つになり空中で爆散した。
さらにレーザーはミサイルだけでなく、ホワイトが乗るヘリのローラーをも切断していた。ヘリはたちまち制御不能となり、機体をきりもみ回転させて落下していく。
「ホワイト、脱出して! 早く!」
綾子の叫びに、ホワイトは冷静に応答する。
「そのつもりだ。間に合うかはわからんが。あとは頼む」
舞の視界の端をヘリが流れていき、やがて墜落して爆発する。空には真っ白なパラシュートで漂うホワイトの姿があった。ここまでホワイトとゴールドが初代を食い止められなかったのは、この高い迎撃能力のせいでもあったのだ。
しかし今は舞たちや他の軍団もいる。すでにシルバーが行動に移っていた。
「酸をくらいやがれ、ブチ殺すぞ!」
シルバーが身を乗り出し、レーザー発振器へ一升瓶を投げつける。瓶はキレイな放物線を描いて発振器の根元に命中して割れ、酸が飛び散った。発振器をつけたアームがしなしなと頭をもたげる。そこへゴールドが装甲車上部に装備された遠隔操作式の機関銃を連射し、酸で溶けたアームを撃ち抜く。アームの真ん中から上が吹っ飛び、レーザー発振器は無力化された。シルバーが歓喜の雄たけびをあげる。
「はは~っ、ざまあみやがれ! 親父直伝の『護身武器』だ!」
確かに身は守れるだろうが、こんなものを浴びては相手の命もないだろう。これをシルバーに教えた銀次郎も、ウラシマで生きているだけあって相当な危険人物のようだ。
「ナイスコントロールッス!」
「毎日、草野球をさせていた甲斐があったわ」
「そのへんの高校球児なんか比じゃねえくらい、練習してきたもんな……」
レッド、綾子、ゴールドがしみじみとシルバーを称えた。
「いや、そりゃ高校球児は昼間学業があるからさあ……」
舞の呆れた呟きは、はしゃぐ無職たちには届かなかった。
しかし突如として、シルバーの軽トラが赤黒い炎に包まれる。初代が4本目のアームから火炎を放射し、軽トラに浴びせたのだ。
「し、シルバー、無事なの!?」
「あっちぃ~っ! クソ、ブチ殺すぞ! 俺はここまでだ!」
シルバーは軽トラから飛び出し、ゴロゴロと寝ころんで燃えるツナギを鎮火させた。安堵する舞の横で、イチコは顎をさすりながら次の手を考える。
「酸でアームを溶かすのは無理か」
そこに綾子が代案を出す。
「でも火炎なら無力化できる。レッド、放水できるわね?」
「ウッス! 水槽車なんで自力で放水できるッス。水はハバネロ入りで、暴れる返送者もたまらずダウンッスよ! あと消化液も混ぜてあるッス!」
「これで火炎放射器の発射口に浴びせたら炎を止められるはずよ」
「ウッス~!」
レッドは声を弾ませるが、すぐにある事実を思い出す。
「あ、でも車内から遠隔操作はできないッス……一度車を停めて、外にあるホースとポンプを接続しないと」
綾子が次の指示を出すため「ふむ……」と一呼吸する間に、イチコが切り出す。
「私がそっちに行く。ピンキーと並走して」
「りょ、了解ッス!」
軍団立ちを先導していたピンキーが速度を落とし、レッドの改造トラックが横を並走する。
「水原さん、こっちは頼むね!」
「イチコさん、どうするんですか!?」
「ハハッ、まあ見ててよ」
イチコは助手席の窓を下げると、滑るように車外へ身を乗り出し、ピンキーの上部に登っていった。そのまま並走するレッドのトラック側面に飛び移り、丸まったホースを取り外して給水口に接続を試みる。しかし揺れのせいで、なかなか上手くいかない。
ここで初代がイチコの狙いに気づき、火炎放射器のアームを動かし始める。
「させるか! ピンキー、ちょっと熱いけど我慢して!」
「はいっ!」
舞はアクセル全開でレッドのトラックを追い抜き、すぐに減速をかけて反対側――初代とレッドのトラックの間に割りこみ、ピンキーを盾にする。初代から放たれた火炎がピンキーを包んだ。台風並みの風圧で炎が叩きつけられ、窓が揺れる。突風と炎は防いでいるものの高熱が車内を満たし、舞を鋭い痛みが襲った。舞はうめき声をあげ、顔を歪ませながら熱さに耐える。だがこれは理性で抑えこめるものではなかった。
「あああああっぢぃぃぃっ! い、イチコさん、早くしてください、畜生!」
「ごめん、もうちょい……よし、いける!」
舞は再びアクセルを踏みこみ、レッドのトラックを追い越す。同時にイチコが『はたらくくるま』を鼻歌でうたいながら、ホースから消化液(とハバネロ)入りの高圧水流を放った。
「フ~フ~フ~ンフフフフ~ン♪ フ~フ~フ~フ~フフンフ~ン♪」
水流に含まれた消化液が、火炎放射器の発射口を塞いだ。
「よっしゃ~っ!」
舞、イチコ、ピンキー、軍団の叫びが重なる。
残りのアームは不用意に近づかなければ脅威ではない。あとは――
「即効性の睡眠薬、調合できたよ!」
キャンピングカーを自動運転にし、車内で調合を続けていたイエローから報告の通信が届く。問題はどうやってスカラー電磁波と高圧電流をかいくぐり、睡眠薬を給気口に流し入れるかだが……
「イエロー、睡眠薬を小分けにできる?」綾子が問う。
「いや、難しいです。1回分しかできませんでした」
問答にゴールドが割りこんでくる。
「それなら最初はこいつを囮にしろ」
ゴールドの装甲車からドローンが飛び出した。先日、初代の偵察に使って自爆したものと同型だ。ドローンはイエローのキャンピングカーの運転席へ入っていく。イエローはドローンに、睡眠薬ではなく適当なスパイスが入った小瓶を取り付けた。
「でも、そう上手く釣れるかな?」
舞の疑問に、ゴールドはグヒグヒと気味の悪い鼻息まじりにまくしたてる。
「向こうからすりゃ、何が入ってるかわからねぇ小瓶が飛んでくるんだ。カラー電磁波と高圧電流で迎撃せざるを得ないはずだろ。1発目が撃ち落とされたら、すぐ2回目をぶつけりゃいい」
未だレッドの側面に張り付いているイチコは、カーナビではなくスマホを通じて低く真剣な声で指摘する。
「敵が囮に乗らなかったら? あるいは迎撃を連発できたらどうする?」
ゴールドの言葉が詰まった。そこにピンキーが喫緊の状況を、重ねて知らせる。
「あと1kmで国道4545線と0721線の交差点です。0721線を直進すれば、間もなく皮剥市のウラシマに到達します」
「時間がない。イエロー、そっちに移るから速度調節して」
イチコはレッドのトラック上部に登ると、今度はイエローのキャンピングカーに飛び移り、後部シェルにするりと潜りこむ。そしてイエローから睡眠薬を受け取ると、また出てきてピンキーの上部に飛び移った。
「イチコさん、どうするつもりですか?」
舞はイチコがいるであろう天井を見上げる。
「2回目……本命の睡眠薬は、私が初代に飛び乗って流しこむ」
「いやいやいや! そんな危険なことしなくたって、ギリギリまで接近して投げればいいじゃないですか!」
「私、野球やったことないからさ。水原さんもでしょ?」
「う……じゃあ、ゴールドかイエローに投げてもらいましょう」
「ふたりの車じゃ速度を出せない。初代に振り切られたら終わりだよ」
舞の視界に、国道4545線と0721線が合流する交差点が迫る。もう時間がないことを悟った。
「姐さん、いいよね?」
「貴方こそ、いいのね?」
「うん。水原さんは?」
「……イチコさんに託します」
「ありがとう。死んだらすぐに回収して、ブルーにつんつんしてもらってね。ハハーッハッ!」
「ふふっ、わかりました」
舞はイチコとタチの悪い冗談を交わし、迎撃の射程距離20mギリギリまでピンキーを接近させる。
まずはゴールドのドローンが囮として接近。だが初代は蛇行と減速を駆使し、アームの可動範囲内にドローンを捉えて叩き落した。
「ファァァック!」
ゴールドがダッシュボードを叩く音が通信で聞こえてくるが、茶化している暇はない。
ドリフトしながら交差点に進入。この減速タイミングを狙って、イチコが動く。舞はイチコがその場でステップを踏んでから走り出す足音を、天井越しに聞いた。
初代がウラシマ方面に向けて再加速すると同時に、ボンネットめがけてイチコが走り幅跳び。ここで初代はスカラー電磁波と高圧電流で迎撃してきた。ピンキーは射程外にいるが、車内の計器が一瞬だけ明滅する。
「うっ、ぐうううあああっ!」
イチコは高圧電流に身をのけぞらせながらも、初代のボンネットへうつ伏せに着地する。睡眠薬の瓶は、スウェットの背中側に挟んでいたおかげで割れずにすんだ。
「行けぇぇぇっ、イチコさん!」
イチコはスマホの通話を音にしっぱなしにしているので、舞の声援が届いていた。だからだろう。得体の知れぬ熱い力があふれ、痺れて硬直したはずの腕を動かすことができた。
「やるのよ、イチコ!」
「イチコ!」
綾子と軍団の声援も飛んできた。イチコは力を振り絞り、睡眠薬の瓶を掴んで振り上げる。イチコの眼前、初代の助手席側に、縦の短いスリットが横並びになった給気口が見えた。あとは瓶を叩きつけるのみ。イチコは腕に最後の力をこめ、腕が振り下ろす。
瓶は割れた。舞は茶色い睡眠薬の粉塵が、車内に吸い込まれていくのを見た。
しかし初代が止まることはなかった。速度は健在で、国道0721線を爆走していく。
「柴田……?」
イチコの呟きを、舞はピンキーのカーナビから確かに聞いた。
――柴田。初代軍団のリーダーであるオレンジを、イチコだけがそう呼んでいた。俳優の柴田恭兵にそっくりだったからだ。だがオレンジは数十年前、ウラシマの手で無惨に殺害された。
その記憶はイチコにないはずだ。探偵社とウラシマが休戦条約を結ぶ際、イチコは王に差し出され、それ以前の記憶を奪われている。
「柴田が、柴田が運転してるんだ!」
「記憶がよみがえったの? だったらわかるはずよ、イチコ! オレンジがどう殺されたか、貴方も見たでしょう!」
「うん、だから……首がないんだよ……」
「!?」
綾子の息を呑む音が聞こえた。オレンジはウラシマによって首を切断されたのだ。
初代の窓は低透過率のスモークが施され、離れた舞たちには運転席を確認することができない。だが間近で見たイチコの言葉が正しければ、首なしのオレンジの遺体が運転していることになる。睡眠薬もクソもない。遺体が眠ることなどないのだから。
探偵社側が混乱しているあいだに、初代は蛇行して大きな半円軌道を何度も道路に刻み付ける。痺れが残るイチコに抗う術はなかった。空中に放り出される。
「くっ、まずい!」
舞はピンキーを飛ばして、イチコの落下地点へ滑りこもうとする。だがその前に初代のアームが伸びた。グラップルのアタッチメントが、イチコの身体を両側から絞め上げるように挟みこんでしまう。
「イチコさん!」
「がああああああっ!」
イチコの絶叫だけが返ってくる。
初代はさらにスピードを上げ、国道0721線から一般道に舵を切った。一般車両を押しのけ、通行人を跳ねのけ、車幅の半分ほどしかない錆びれたアーケード街をドーザーで瓦礫の山にしながら突き進んでいく。
血を。
肉を。
悲鳴を。
鉄を。
コンクリートを。
サイレンを。
王のマシンは、阻むすべてをゴミクズに変えて舞い上げた。
やがて西川剥駅の東側へ到達し、ホームも線路も停車した電車も、当然乗客も意に介さず、1mmたりともブレることなくウラシマをひたすら真っすぐに目指す。
「やめろ、やめろぉぉぉっ!」
舞たちは、死屍累々の道を追いかけるだけで精一杯だった。時折、メタンガスで浮上しては、命だった肉塊を避けたが、そんなことがもう意味をなさないことは理解していた。
初代は駅の西側へと抜け、目前に広がる繁華街を更地に戻しながら突破する。もはや止める手立てはなかった。初代は、その先にあるウラシマの境界線に到達する。
通常、ウラシマと外界を隔てる結界は目視できない。だが、崩壊の瞬間だけは違った。半径5kmの半透明なドームが発光し、結界の全貌が露わになる。だがそれを視認した直後、ドームはガラスのように砕け散った。
ウラシマの歴史は終わった。それは皮剥市に……いや、世界に地獄が広がる始まりでもあった。
結界の破片が、夜に煌きながら降り注ぐ。あまりに美しい光景だった。
つづく。