小説ですわよ第3部ですわよ3-2
※↑の続きです。
岸田はタブレットを机に置くと、社長室を出て昼食の準備に取りかかる。
舞は画面の男と目が合った。カンムリワシを思わせるアフロヘアー。ゴボウのように痩せこけた青白く長い顔。目じりはやや垂れ下がっており穏やかに見えるが、口元を歪ませ邪悪に微笑んでいる。
「具志堅用高の並行同位体ですか?」
「アフロだけで具志堅認定するんじゃないわよ」
バカみたいなやり取りを交わしたあと、綾子が男の名前を告げることで本題を話し始める。
「矢巻 安夫。元ウラシマの人間よ」
綾子がタブレット画面を指でスライドさせる。矢巻なる男のプロフィールが表示された。
「あー、つまり……?」
舞が情報を要約しかねて、うなじの辺りを指で掻いていると、綾子がまとめてくれた。
「矢巻は、ウラシマの連中を外に出して、堂々と好き勝手にできるように暗躍してるってこと」
「ヤバいですね」
「ヤバいのよ」
「しかも返送者としてではなく、反社として動いているから、探偵社としては独自に動くことができないと」
「ええ。だけど矢巻を吊るし上げられたら、芋づる式に王を失脚させられるわ。そして」
「……そんなことしたら、また報復されるんじゃないですか!?」
「まともに動いて下手を打てば、同じ轍を踏むしょうね」
そこまでわかっていながら、綾子はウラシマへの間接的干渉を口にした。なにか打開策があるということだ。
「どらきゅらブラッディ・エージェンシーを動かせればね」
「なんですかそれ、よしもとクリエイティブ・エージェンシーみたいな」
『どらきゅら』という言葉から、舞は一定の想像がついたが綾子の話を聞くことにした。
どらきゅらブラッディ・エージェンシー。それは魔王ドラキュラを頂点とし、世界の各都市に散らばる吸血鬼たちの互助会にして、相互監視組織である。ざっくり言えば、吸血鬼が困っていたら助け合い、吸血鬼が人間に対して過剰な干渉をするならば叩き潰す。そんな組合だ。
ただし組織が吸血鬼を武力援助するには条件がある。
それは、人類が滅びかねない危機であること。
極東の一都市に過ぎないS県ちんたま市が、返送者に乗っ取られる程度では『どらきゅらブラッディ・エージェンシー』は動かないだろう。
「じゃあ、ヤクザ吸血鬼どもが動く根拠を見つければいいんですね」
「それを水原さんとイチコにやってもらいたいの」
「はい」
舞は間髪置かずに答えた。今年の初め、並行世界アヌス02の侵略によって世界は人知れず危機に晒された。だがスカラー電磁波の協力もあって、平和は守られた。その経験があったからか、舞は躊躇する理由がなかった。ただし――
「軍団、七宝さん、イチコさん。私たち以外全員の同意を得ることが条件です。多数決ではなく、全員の同意です」
誰も犠牲にしたくない。犠牲が出るならやらない。特に珊瑚は巻きこめない。彼女の先代であるオレンジが惨殺されており、今回もウラシマへの対策を間違えれば、珊瑚へ報復の矛先が向く恐れがある。なにより舞は、目の前でイチコを殺された経験がある。犠牲を出さないという条件は絶対に譲歩してはならない。
舞の視線に宿る強い意志をを、綾子もすでに理解しているのだろう。大した間もなく、綾子がゆっくり頷いた。
「ええ、もちろん。全員が納得した上で、ワンチームでウラシマと戦う」
それは舞が尊敬する闘志に満ち、心意気にあふれるリーダーの重い言葉だった。
「犬チーム……!」
「ワンチームは、そういう意味じゃないのよ」
静かにツッコみ、綾子は付け加えた。金曜の探偵社全体会議までは、この話は内密だと。もちろん舞は同意した。
そうして翌日の木曜、そして金曜日の日中、舞はイチコと(そして学校終わりに合流した珊瑚と)仕事をこなした。
舞はイチコと綾子の関係に亀裂が入ってしまったかとヒヤヒヤしたが、ひとまず表面上は大丈夫そうだった。事務所のトイレでウンコの実況をするイチコに綾子がブチ切れていた。また、イチコは自分の過去や記憶のことを自分から口にしなかった。
2023年 3月31日(金) 19:01。
事務所2階に探偵社所属の全員が集められ、会議が開かれた。
水曜に綾子が話した計画が、全員に語られた。
反対する者は誰一人として……いや、ネイビーだけが不満を表明した。
「顔がいい以外は取柄がないし、存在感がない私はどうすればいいんでしょう?」
この問いに、他の面々が畳みかけた。
「じゃあ潜入任務をこなせるだろ」
「そういう答えが返ってくるってわかってるのがクソ」
「自虐自慢がワンパターンで芸がない」
ボロクソ言われてウソ泣きするネイビーに、珊瑚だけが真面目に寄り添って背中をさすってやっている。当然、珊瑚も計画に賛成していた。綾子が念を押す。
「七宝さん、本当にいいのね。あなたには未来がある。来年、大学受験でしょう」
「受験勉強の合間にウラシマを潰せばいいんです」
返答に迷いはない。この探偵社で培われた、当たり前の価値観だった。かくして全員が同意し(いつもなら軍団内で意見が割れて殴り合いになるのに)矢巻の調査が正式な任務となった。
最後に、綾子が確認の意味で、標的と状況を短くまとめる。
「狙うは矢巻。皮剥市長のケツモチよ」
軍団と珊瑚がうなずく中、舞はどうしても衝動がおさえられず探偵社の面々に尻を突き出して振り始めた。
「モチ♪ モチ♪ あ、モチモチモチ♪」
綾子、岸田、軍団が固まる。当然だ、意味が分からない。緊迫した状況下で、余計なことをする――舞の悪癖だった。
その中で、イチコだけが舞に便乗して尻を突き出して踊る。
「モチ♪ モチ♪ あ、市長のケツモチ♪」
皆が目を点にする中、舞とイチコだけが「モチモチ♪」とリズミカルに尻を振り続けた。実時間は1分にも満たないが、何十分もの地獄が事務所を襲ったのであろう。耐えかねた綾子の額に青筋が浮き出ると同時に、珊瑚が舞とイチコの尻をパンパンッと素早く叩き、地獄は終わった。
このくだりはなかったことにされ、綾子の音頭で全員が「おーっ!」と号令をあげ、週明けから矢巻の調査に動き出すこととなった。
つづく。