小説ですわよ第2部ですわよ4-6
※↑の続きです。
舞は人形を拾い上げ、目をこらす。間違いない。草野仁をデフォルメさせた、ひとしくん人形である。『Hな聖地♪』の『H』は『ひとし』のことなのだろうか。
「渡辺さん、アヌス02って『世界ふしぎ発見』は放送されてます? ていうかテレビはあるんでしょうか」
「テレビはありますよぉ。神沼の支配下でしか見られませんがぁ。世界ふしぎ発見はぁ……聞いたことないですねぇ」
「これ、アヌス01の番組に出てくる人形なんですよ。どうしてここに……」
「やはりぃ、この禁地はぁ、他のアヌスと繋がっているんじゃないでしょうか」
「ええ。アヌス01か、あるいはそれに近い他のアヌスと……」
「じゃあ水原さぁん、元の世界に帰れるかもしれませんよぉ!」
「希望は見えてきましたね」
言いつつ、舞はまだ信じていなかった。ここが他のアヌスと繋がっているなら、神沼重工が真っ先に利用するはずだ。そうしない、あるいはできない理由がある。舞は渡部と、この場所を調べるため奥へと進んでいく。
無数にそびえ立つ、灰色のゴミ山。舞たちは、その合間を縫いながら奥へ奥へと進んでいく。10分ほど歩いただろうか。景色に代わり映えはなく、ゴミも舞にとっては見慣れたものばかりで、特筆すべきものはない。
強いてあげるならば、水分が干からびたタピオカミルクティーのプラカップだろうか。ミイラのようにカラッカラなタピオカの粒だけが残されていた。イチコなら“例のタピオカ屋”を茶化すだろう。「ピンピンカートンも事務所総出で」なんて言うに違いない。
延々と続く灰色の山に囲まれ、舞はイチコたちのもとへ戻らねばと焦りを募らせる。奇声でもあげながら走り出したい。しかしモヒカン渡部が一緒な手前、どうにかこらえて歩き続ける。
我慢の甲斐あって、行き止まりに辿り着いた。円形の空き地になっている。ここに何か秘密があるはずだと舞は確信した。というのも、不思議な圧迫感を全身に受けたのだ。それはモヒカン渡部も同じようで、ポケットからスマホサイズの計器を取り出した。針が右に振り切った計器に、渡部が驚きの声をあげる。
「スカラー電磁波ぁ! ものすごい放射量ですよぉ!!」
「渡部さん、スカラー電磁波って……」
知りながら質問してみる。舞の世界では一般的に疑似科学としてカテゴライズされているが、実在していて魔法のようなチカラを持っており、操られていた愛助を正気に戻したことがある。綾子は『人の心の光』『無限の可能性』と胡散臭いことを言っていた。この世界におけるスカラー電磁波とは、どのようなものなのか。
「太陽から降り注ぐぅ、特殊な電磁波ですぅ。人体に悪影響はありませんがぉ、機械の動きを妨害するんですよぉ」
「機械を妨害……」
「神沼重工はぁ、スカラー電磁波を遮断する技術を持っているのですがぁ、限度があるのでしょうぅ。ここのスカラー電磁波はぁ、明らかに太陽からの放射量を超えていますぅ」
「それが禁地に近づけない理由だとして、なぜ大量のスカラー電磁波が……」
この場所を調べる必要がありそうだ。といっても、すぐに違和感は見つかる。円形の空き地の最奥に、ショッキングピンクのビニールシートをかぶせられた物体が鎮座していたのだ。
全長約4m、全高約2m、横幅は約1.6M。その直方体のサイズと色に、舞は息を呑んで駆け寄る。
「まさか! いや、でもあのとき……!」
「水原さん? うかつに近づいたら危険ですよぉ!」
わかっている。だが胸の高鳴りは抑えられない。舞は期待と不安に震える手でビニールシートをひっぺがす。
「や、やっぱり!」
目が痛むショッキングピンク。威圧感を与える大きさながら、わずかに丸みを帯びた愛嬌あふれるボディ。ナンバープレートの数字は『ちんたま ぴ-69』。それは舞にとって、かけがえのない仲間であった。
「ピンキーセプター!」
舞は、その車のバンパーに抱きつき、頬ずりをした。ほのかな硫黄臭が漂ってくる。飛行に必要なオナラの匂いが鼻腔へ流れこみ、共に戦ってきた思い出がよみがえってくる。胸の奥から愛おしさがこみあげ、舞は両手をピンクのボディに這わせた。
「あのうぅ……この車、水原さんのですかぁ?」
粘度の高い声で我に返り、舞はピンキーセプターについて渡部に説明した。
「水原さんと同じように、転移してきたのでしょうかぁ」
「でも蜘蛛を巻きこんで自爆して、バラバラになったはずなのに……」
「転移ではなく”転生”したのです」
凛々しい機械音声に、舞は飛びのいた。ピンキーのヘッドライトが明滅する。
「お会いできてうれしいです、水原様」
「うん、私も! 転生って言ってたけど?」
「かすかな記憶しかないのですが……自爆して私の車体は飛散しました。人間でいうなれば死亡したのです。しかし私の意識……魂のようなものは、暗いトンネルに入ってアヌス01を離れたのです」
「きっと神々の腸だよ!」
神々の腸とは、人間が異世界へ転移・転生する際に通過するといわれている道だ。
「そしてトンネルの終わり、私の前に光る丸い門が現れました。中央から放射状にシワが広がっており、まるで人間の肛門のようでした」
「あっ……」
「門はメリメリと音を立てながら広がり、そこから私の魂は「ミチチ……ズモモ……ズモモモ……スポンッ!」っと、この場所へ落とされたのです。まるで――」
「そよれり続きを!」
「はい」
ピンキーセプターは淡々と説明をする。アヌス02に転生した直後はボディがなく魂だけの状態だったそうだ。曰く、魂は「茶色く適度に柔らかい細長いもの」。それが昨日の出来事。舞とほぼ同じ時間に転生したことになる。
そして昨夜から今朝にかけ、ピンキーの魂に異変が起こった。周囲のゴミが宙に浮いて魂に集まり、新たな肉体として融合・再構築されたのだという。なぜかピンキーは、この現象の原因をスカラー電磁波によるものと断定した。
「どうしてわかるの?」
「スカラー電磁波が教えてくれました。あれは意思を持つエネルギーであり、命なきものに心を与え、無限の可能性を引き出す存在なのです」
「マジっすか」
「マジの大マジでございます」
「意思を持つエネルギーってよくわかんないけど、対話できるってこと?」
「話すことはできません。一方的にテレパシーのようなもので言葉を伝えてくるのです。気がつくと“彼”の意思を理解しているといいましょうか。私が知ることはそれだけです」
怪しい電波を受信したようなものだろうか。しかもただの電波ではなく、意思をもってピンキーセプターを再生させる力がある。舞はこういったSFじみた要素に明るくないため、素直に受け入れられず、唸りながらピンキーのボンネットを撫でた。「ふふっ」とくすぐったそうな声が返ってくる。
「実際に見ていただくほうが早いでしょう。“彼”から授かった超常能力を」
「能力もらったんだ! 見せてよ」
「はい。私の正面に立ってください」
舞は指示通り正対する。ピンキーセプターの両ヘッドライトの光が、黄色
から青に変わり、輝きを増す。そしてビームとなって舞へ照射された。
「うおっ、ちょっ……」
眩しさに左腕で両目を覆う。利き腕の右は、ひとしくん人形を抱えていたので動かせなかった。
ビームが途切れ、左腕をおろす。しかし特に変化は起こらない。
「なんともないんだけど……」
「ひとしくん人形をご覧になってください」
「いったいなに……うわっ!?」
疑問を言い切る前に、舞は人形の異変に驚いた。ひとしくん人形が震えだし、ぎこちなく両手両足を動かし始めたのだ。
「こ、これって……そうか! さっき言ってた、命なきものに心を与えるチカラ!」
「私もスカラー電磁波を照射できる能力を得たのです」
ひとしくん人形は首を横に振り、口をパクパクと動かす。
「野々村 真め、また問題を間違えやがった!」
人形は、おおよそ元になった人物とは思えない口調で、出演者を罵った。
「おおっ、喋った!」
「喋りましたねぇ。奇跡ですぅ!」
これにはモヒカン渡部も興奮を隠せないらしい。少年のように瞳を輝かせている。そんな舞と渡部に、ひとしくん人形は手をあげて挨拶してきた。
「よお、ネーチャン」
「こ、こんにちは……」
「そっちのニーチャンは、どっかで見たことあんな」
「渡部陽一とぉ、申しますぅ」
「並行同位体ってヤツね。了解」
「そんなことまでわかるの!?」
「スカラー電磁波を浴びたかんな、許さないかんな、橋本か~んな」
人形は力こぶを作り、頬をぷっくり膨らませた。
「これで信じていただけましたか?」
ピンキーの言葉は心なしか、自慢げに聞こえた。いや、自慢げなのだろう。なにせスカラー電磁波の影響で心を得たのだから。実際に見せられては信じるほかない。
「ネーチャンたち、アヌス01に帰るんだろ? 俺も連れてってくれよ。ボッシュートされたら、この世界に転移しちまってよ。冗談じゃねえや」
「ひとしくん人形って、ボッシュートされたらスタッフが回収するんだと思ってた……」
「野々村 真が間違えると異世界に落とされる。理屈は知らん」
「あ、うん。わかった」
舞はひとしくん人形をボンネットの上におろしてやった。人形は日光浴でもするかのように寝そべり、両手を組んで枕にして足をブラブラさせる。
「状況は大方理解した。これで元の世界に帰れるね」
「と、おっしゃいますと?」
すっとぼけたピンキーに、舞は空を指さしてみせる。
「この上に門があるんでしょ。神々の腸を通って、アヌス01に戻るんだよ」
「それは極めて難しいと思われます」
「えっ、なんで!?」
「まずひとつ。上空をご覧ください」
頭上に目を凝らすと、マンホール大の黒い穴が空に現れた。そこから人形の頭が出てくる。
「ひとしくん人形がまた!」
「あいつはスーパーひとしくんだな。ほら、赤いマント羽織ってるだろ」
人形はゆっくりと“ひり出される”ように穴を通り、ゴミ山の頂上に落下。そのまま斜面を転がっていき、やがて止まった。
「それより上空の穴――門をごらんください」
マンホール大の黒い穴は小さくなり、やがて跡形もなく消えてしまう。
「このように門は不定期に現れ、すぐに消えてしまいます。次にいつ門が現れるかは不明です。そして私が感知できるのは、門が出現する瞬間のみ」
「そこは根気強く待とうよ」
「問題はもうひとつ。門の大きさです」
「そっか、人形がようやく通れるサイズなんだ」
「私は魂の状態では通過できましたが、再生した今では不可能です」
「ということは、他の門を探すしかないか」
舞はそこまで落胆しなかった。この場所でピンキーセプターと再会できた喜びのほうが大きいからだ。そしてピンキーが戦力に加わったことで、わずかながら勝算が生まれてくる。神沼重工の打倒はできずとも、一点突破でマルチアヌスの移動手段を奪える可能性はある。
舞がチンタマへの突入を提案しようとしたとき、急に空が暗くなった。見上げると、灰色がかった雲が青い領域を侵食し始めている。モヒカン渡部はこれまでにない大きな声で、水筒の蓋をあける。
「雨だぁ! 雨が降りますぅ! 水を集めましょぉ!」
が、ひとしくん人形が寝そべったまま、冷めた口調で西の空を指す。
「いいや。けつあな確定だぜ」
ゴミ山から西、チンタマの上空を漆黒の雷雲が覆っている。
いや、それは雲ではない。
門だ。
中央から放射状にシワが広げ、巨大な門が黒々と広がっていた。
舞に「正式には、けつなあな確定」と訂正する余裕はなかった。