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小説ですわよ第2部ですわよ4-5

※↑の続きです。

 トカクニベルト。正式名称はトカちゃんクニちゃんベルト。腹に巻くベルト状の健康グッズで、発汗を促すことで腹部の引き締め効果があるらしい。日々のトレーニングにはいいだろうが、この砂漠で必要異常に汗を流すことは死に直結する。なにより元の世界へ帰ることも、神沼02の兵器群と戦うこともできそうにない。
(これが私の超常能力……)
 トカクニベルトをそっと置いて、うなだれる。これまで出会った返送者は特徴的な能力を持っていた。それが返送者たちの個性にもなっていた。だが自分は……異世界へ転移しようと、凡人枠であるらしい。

 昔ならば、ここで“持たざる者であること”を受け入れて終わっていただろう。諦め、目を背け、心を虚空にして、ただただ時間を貪っていた。
 だが今は違う。大切なものを奪わんとする敵を許さず、立ち向かう闘争心がある。悲しいことだがマサヨと愛助は事務所を破壊し、仲間たちを傷つけた。全身全霊をかけて彼女らと戦わねばならない。すでに舞の思考は、次のプランに移っていた。
「明日、シティ・オブ・チンタマへ殴りこみます」
「ええっ!?」渡部のモヒカンが左右に揺れる。
「連中は異世界を行き来する、なんらかの手段を持っています。それを手中に収め、可能ならばアヌス01に帰還します」
「危険ですぅ! 実際のチンタマはロボット兵器による厳重な警備が敷かれておりぃ、近づくことすらままならないのですぅ」
 そこでモヒカン渡部の取り巻きが、ハッと息を呑んでトカクニベルトを見やる。
「わ、わかりました、この武器で警備を――」
「これは、ただのダイエットグッズです」
 舞は取り巻きの言葉をピシャリと遮り「すまない」と小さく頭を下げてから話を続ける。
「私は残念ながら“光の人”にはなれません。皆さんの未来を明るく照らす特別な能力を持たない凡人です。だからお願いしたい。皆さんの力を貸してください」
「わ、我々の……?」
「この集落だけでなく、砂漠に追いやられたすべての人々。諦めず抗う心を持つ真の人間の力が必要なんです」
「不可能ですよぉ。私たちは、これまで何度も抵抗を試みました。ですが一度たりとも、敵の喉元に刃物を突きつけることはできなかったのですぅ」
「承知しています。それでも力をお貸しいただけませんか」
 モヒカン渡部は口を真一文字に結び、唾をのみこむ。冷えこんできたというのに、こめかみから汗が流れ落ちる。
「他の集落との連絡手段は?」
「無線がありますぅ。傍受される危険があるので普段は使用していませんがぁ、特定のワードを送ったときぃ、各集落から戦力を集結させるよう協定を結んでいますのでぇ。何十年と使われていないのでぇ、応えてくれるかはわかりませんがぁ」
「送るだけ送ってください」
「う、ううぅ……しかしぃ、そんなことをすればぁ、敵に集落が狙われるかもしれません」
「お願いします。神沼02の意思を止めなければ、他の世界も危機に晒されるんです」
「お、お言葉ですがぁ……も、もう私たちはぁ、自分の手で守れるだけの命を守れたらそれでいいと考えているのですぅ。ですから……」
 弱々しい言葉からは、諦念に満ちていた。なんだか舞は腹が立ってきた。さっきまで調子よく光の人だ救世主だと騒いでおいて、自分たちが戦うとなれば尻込みするなど、他力本願にも程があるではないか。
 しかし舞は怒りを飲みこんだ。彼らを責める権利はない。この世界の人たちは何度も何度も神沼重工に立ち向かったのだろう。そしてあまりにも多くの血が流れ、大地は荒廃し、心折れてしまったのだろう。彼らの渇きは同情や叱咤激励では決して潤せない。
「申し訳ございません、どうか、どうかぁ……」
「こちらこそ、命を助けていただいたご恩があるのにもかかわらず、無理を強いてしまってすみません。皆さんにご迷惑がかからないよう、明日の朝早く、ここを発ちます」
 モヒカン渡部たちは、安堵したようなバツが悪いような、複雑な面持ちでうなずいた。

「せめて今夜はぁ、宴でおもてなしさせてくださいぃ。その……集落の者たちのためにもぉ……」
 舞は承知した。集落の人間は、ついに救世主が現れたと浮かれている。それが違うとわかれば、今よりも深い絶望に襲われるだろう。偽りの希望がへし折られるほどの痛みは他にない。それは舞も知っている。
「でもいつか私が光の人じゃないとバレますよ」
「皆がいつか自然とぉ、あなたを忘れるようにぃ、時間をかけて上手くごまかしますぅ。少しずつ希望を諦めにすり替える心の術を私たちは持っていますからぁ。愚かなことですがぁ」
 モヒカン渡部がくしゃっと笑った。痛々しかったが、神沼重工に作られた笑みよりは、よほど人間らしいと思った。

 宴では、酒と砂漠の民の料理が振る舞われた。日常食ではなく、祝いごとに作るものらしい。羊肉と野菜の蒸し焼き(焼いたサボテンの葉が添えられている)、ラクダの乳を発酵させてサボテンを混ぜこんだスムージー風の飲み物、小麦と香草を混ぜこんだパイ。酒はジャガイモを蒸留したものらしく、塩漬けしたピーマンや玉ねぎを肴にして飲んだ。
 驚くべきことにアジの干物もあった。世界の大半は不毛の大地と化したが、沿岸部や山間部には自然が残っており、食材を得ることができるという。
 そしてなんと締めには、かけそばが出てきた。出汁はしっかりカツオと醤油がきいており、昼間に塩分を失った舞の身体に染みた。
 異世界の料理というだけあって、得体の知れない魔物や植物を覚悟し、いいところでトカゲやサソリを想像していたが、いい意味で予想を裏切られた。舞はありがたく、出された料理を腹に詰めこんだ。同時に、本当なら今ごろは事務所のみんなで新年会をやっていたはずだと思い出し、怒りと寂しさを覚えた。
 ここでひとつ疑問が浮かんだ。自分たちの世界とアヌス02には時間の流れが違うようだが、どれほどの差異があるのか? モヒカン渡部に聞いてみた。
「神歴2023年1月1日ですぅ」
「私たちと同じ!? いや西暦じゃなくて、神歴だから違うのか……」
「同じだと思いますよぉ。神沼重工が世界を統一した際に、名前だけ変えたのですぅ」
 となると、さらなる疑問が生まれる。マサヨがアヌス02に転移したあと、01へ帰還したときには半年が経過していた。時間の流れが同じならば、空白の半年間は何を意味するのか? もしかしたらマサヨの異変と関係あるのかもしれない。
(それを知るためにも、チンタマへ殴りこむ!)

 皿とコップが空になり、お開きという空気になったとき、数人の子供たちが女の子を先頭に、身体をモジモジさせながら近づいてきた。
「あの、これ!」
 はにかみながら差し出したのは、薄いピンク色の押し花だった。
「私に?」
 舞が自分を指さすと、子供たちはコクコクとうなずく。
「ありがとう。キレイだね。なんていう花なの?」
「ハマちゃん!」
「釣りバカ? それともダウンタウンかな? 結果発表ぉぉぉって」
 笑わせてやろうと言ったつもりだが、子供たちは口をポカンとあける。当然だ、アヌス02にはきっと存在しないだろう。やらかした。すかさず横からモヒカン渡部が耳打ちしてくる。
「ハマヒルガオといってぇ、海岸の砂浜に咲く花ですぅ。この子は元々、海辺の集落に住んでいたのですが、機械蜘蛛に襲われて……」
 女の子にも聞こえていたのだろう、それでも気丈に笑ってみせた。
「このへんじゃ手に入らないんだよ!」
「すごいね」
「花言葉もいっぱいあるよ!」
「教えて教えて」
「えっとね、絆でしょ。それから休息でしょ、優しい愛情でしょ。あとは意味がわからないけど……ジョージ」
(ミスタードーナツ、ポツンと一軒家、笑ってコラえて……)
 反射的に所ジョージと関連するワードが浮かんだが、本当の意味に気づいて今度は口にしなかった。モヒカン渡部は「ムフフ」と笑いを漏らした。
「おねえちゃん、意味わかる?」
「あ~、どうかな……とにかく、すごいお花なんだね。もらっていいの?」
「宝物だから、おねえちゃんにあげるの。きっと似合うよ」
 女の子は舞の返事を待たず、髪の毛にハマちゃんを乗せてきた。
「どう、似合ってる?」
「う~ん、ピンクとピンクでかぶってるから、いまいち」
「ははは……」
「でもこれは、おねえちゃんの花。きっと運命なんだ」
 無邪気な声から、いきなりトーンが低くなる。女の子の表情も真剣になった。
「光の人もピンク。ハマちゃんもピンク。だから……」
 泣きそうな声で言いよどんだ。舞は女の子が、大切な花を贈る意味を理解した。
「悪いヤツ、ぶっ倒してくるね」
 嘘だ。明日、舞はひとりでチンタマへ向かう。世界を救えるわけがない。元の世界へ帰還できるかだって怪しい。平和な世界ならば、正直に話すことがひとつの誠実さになるだろう。しかし幼い心が真実と向き合うには、アヌス02はあまりにも荒れ果てている。だから……
「ハマちゃん、大切にする。ありがとう」
 舞は良心の爪に胸をえぐられ、罪を背負うことを選んだ。
「ジョージっていうのは、所ジョージ。自由人のことだよ。世田谷ベースに仲間を集めて、車やバイクをいじってるんだ。でも途中で清水圭は来なくなる」
 舞は、いつだったかイチコから聞いた所ジョージに関する情報を、とりあえずまくしたてた。
「ええっと……自由ってことなんだね! おねえちゃんは、みんなを所ジョージにしてくれるんだ!」
「そういうこと!」
 女の子の頭をなでてやると笑顔が戻る。大人たちだけが知る、心の砂漠に咲いた偽りの希望の花であった。
 モヒカン渡部に寝るよう促され、子供たちは満足げに帰っていった。宴もお開きとなり、舞は後片付けを手伝ったあと眠りについた。夜は昼間が嘘のように寒く、身体の芯まで冷気が刺さってきたが、着てきたコートと羊毛の毛布とマットのおかげで凍えずにすんだ。

 翌朝は気だるい底冷えと、窓の隙間から差しこむ日光で目覚めた。太陽がふたつあるせいか、やけに眩しい。外に出て、目の前にある泉で顔を荒らし、口をゆすぐ。そこへモヒカン渡部がバギーをゆっくり走らせてきた。
「おはようぉございますぅ」
「おはようございます」
「今日はぁ、やはりチンタマへ向かわれるのですねぇ?」
「はい」
「わかりましたぁ。すぐに朝食を準備いたしますぅ。そのあとお見送りをさせてください」
 朝食は昨日よりもさらに驚くべきものだった。白ご飯に、アジの干物、目玉焼き、味噌汁。ザ・日本の朝食である。特に米は神沼重工の領地にある田園でしか採ることができず、砂漠の民が入手するには盗むしかないという。そのため日本(とかつて言われていた地域)において、米は金よりはるかに高い価値を持っていた。昨夜の食事で胃は持たれていたが、舞はありがたくたいらげた。
 朝食を済ませると、モヒカン渡部たちが餞別をくれた。1週間分の食料と水、拳銃と機関銃を一丁ずつ、それらの弾丸、手りゅう弾、車の修理道具一式、テントと寝具、地図と方位磁石。さらに新品の白いターバンとマントに、なぜかピンクの日傘。それらを積みこむバギーも一台譲ってもらった。車体上部にガトリングガンが搭載されているので、移動中にも戦うことができる。
 渡部によると、この集落からチンタマの中心部まで南へ20kmほどだという。予想以上に近い。舞ひとりでも、辿り着くことならできそうだった。

 そうして双子の太陽が完全に顔を出し、肌に玉の汗が浮かんできた。舞がバギーに乗りこむと、集落の者たちが見送りに出てきてくれる。
 渡辺は住民に『光の人は神沼重工を倒す奇跡の力を得るため、7つの聖なるオーブを集める長い旅に出る。その試練を乗り越えたのち、砂漠の民と共に戦ってくれる』と説明したらしい。それを信じた住民たちは手を振って声をあげる。
「救世主様、お気をつけて!」
「どうか、この世界をお救いください!」
「ネーチャン、ヤラせて」
「コラッ、バカヤロ!」
 など、様々な励ましが飛んできた。
「みなさん、ありがとう! いってきます!」
 見送りの中には、昨夜の女の子たちもいた。舞はターバンに挿した“ハマちゃん”を指さしながら、女の子にウインクしてみせる。白い生地にピンクならば合いそうだ。女の子も同じような感想のようで、親指をグッと立てて返した。
 彼らの期待に応えられない罪悪感はあれど、できるだけのことはやろう。舞は闘志を燃やし、舞はエンジンのキーを回す。
 さあ、アクセルでチンタマへ殴りこみだ!
 ――とはいかなかった。
(やば……私、AT限定だ!)
 バギーにはMTのシフトレバーと、クラッチ。集落の者たちは甲斐甲斐しくも手を振り続けているが、いつまでたっても舞が発進しないので、どよめき始める。
(こんなときくらい、カッコつけさせてよぉ!)
 頭が真っ白になっていると、視界の端でボロ布が翻る。
「私がぁ、運転とぉ、案内をぉ、いたしますぅ」
 古びたターバンにマント姿のモヒカン渡部が、ズタ袋を肩から提げていた。
「えっ、でも……」
「私はぁ、行かないとはぁ、申しておりませんよぉ」
 本物の渡部陽一のような聖人ぶりだった。
「……ありがとう、渡部さん!」
「あれぇ? お名前、お教えしましたっけぇ?」
「えっ」
「えっ」
「私はぁ、渡部陽一とぉ、申しますぅ」
「まさか神沼02みたいな、渡部陽一の並行同位体!?」
「わかりませんがぁ、そうだと思いますぅ」
 ゆったりとした口調に反し、モヒカン渡部はバギーを急発進させる。背後にあがる土煙の向こうから、集落の者たちの歓声が届いた。

 しかし数分走ったところで、バギーの速度がゆるむ。
「やはりぃ、チンタマへ行くことはぁ、お奨めできませぇん」
「無謀なのは承知の上です。だけど行くしかないんです」
「元の世界に戻るだけならばぁ、他に可能性のある場所を知っていますぅ」
「そんなところが?」
「こちらをぉ」
 モヒカン渡部はバギーを停め、地図を広げてその地点を指す。集落から南東、チンタマからは東。舞たちの世界でいえば、珍春日ちんかすが市に位置する。
「ここは『Hな聖地♪』と呼ばれていてぇ、神沼重工でさえも近づかぬ禁地となっていますぅ」
「なにがあるんです?」
「詳しくは、私もぉ……」
 しかし神沼重工が避けるということは、連中にとって不都合な”何か”があるということだ。上手く利用できれば、出し抜ける可能性がある。少なくとも真正面からチンタマへ乗りこむよりは、マシかもしれない。
「わかりました、行きましょう」

 幸いにも敵とは遭遇せず、小一時間ほど走ったところで目的の『Hな聖地♪』に到着した。そこは舞には、さほど珍しい光景ではなかった。粗大ごみや、瓦礫などのゴミ山が並ぶ廃棄場だったのだ。
 気になるのは、この場所がなぜ『Hな聖地♪』と呼ばれ、禁忌とされるのかである。バギーから降り、聖地に踏み入れてすぐ、その理由がわかった。
 足元には、舞のよく知る人形が転がっていた。クリーム色のサファリハットにサファリジャケット、ハーフパンツ、皮ブーツ。探検家の装いを纏う人形のハットの中央には『H』の文字。
 世界ふしぎ発見のマスコットキャラ、ひとしくん人形であった。

つづく。