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小説ですわよ第3部ですわよ1-4

※↑の続きです。

 『洋食 イエロー』から出ると、珊瑚は自転車で探偵社の事務所に向かっていった。舞とイチコはそのまま午後の仕事に移る。近くの駐車場からピンキーがひとりでにやってきて、舞たちは乗車した。

 舞たちが所属するピンピンカートン探偵社の主な仕事は『返送者』の調査と対処だ。返送者とは、異世界に転生したが何らかの理由で、この世界に帰還した者のことである。彼らの大半は転生の際、魂が神々の腸なる異空間を通過した影響で超常的な能力を得ている。その能力を悪用し、この世界に害なすと判断された者を、探偵社が異世界へ強制的に『再返送』する。方法はいたってシンプル。舞たちが乗るハイエース『69シックスナインピンキーセプター』で轢くことだ。詳しい理屈は不明だが、ピンキーには魔法がこめられており、一定以上のスピードで返送者にぶつかることで再返送することができる。

 舞が探偵社に入ってから約3カ月間、200人以上を再返送してきた。1日に平均4~5人ペースだ。舞は水・土・日が休みで、その日も探偵社の誰かが対応しているので、再返送された人間はもっといるだろう。
 この再返送は1件ごとに依頼があるわけではない。『あるクライアント』が一括で依頼しているという。
「サブスクみたいな契約でさ。1カ月に返送者を轢き放題で、うん千万円みたいな?」
 というのがイチコ談だ。舞も入社したときに説明を受けていたはずだが、貰える時給にしか興味がなかったので忘れていた。もちろんクライアントが何者であるかも。

 なぜ今さら気になってきたかというと、今月に入ってから対処が必要な再返送者の数が激減していたからだ。今日も再返送案件は午前だけで、午後は浮気調査と人探しという普通の探偵社みたいな仕事だけだ。謎のクライアントから契約を切られないか、舞は心配していた。
 次の仕事へ向かう途中、舞がその疑問をイチコを投げかけると、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「問題ないよ。むしろ、ここ数カ月が忙しすぎたんだ」
「じゃあ、クライアントは今まで通りお金を払ってくれると」
「うん」
 舞は胸を撫でおろした。事務所に入る金が減れば、舞の報酬も当然減らされる。場合によっては首を切られることも考えられる。
「クライアントさんって相当なお金持ちなんですね」
「そうだね。加えて金銭感覚ガバガバ。姐さんと同じ種族だから」
 姐さん、すなわち探偵社の社長である上羅綾子は吸血鬼だ。その証拠に数々の魔法を使うことができる。将来の夢は「第2の細木数子になる」という俗物ではあるが。その綾子とクライアントは同じ吸血鬼であるらしい。
「綾子さんは自分のことを上級の吸血鬼って言ってしましたよね。だから日光に当たっても死なないとか。その彼女に仕事を依頼できる吸血鬼も、上級なんですか?」
「ランクはよくわかんないけど、最上級クラスだってさ。ドラキュラっていうんだけど」
「んあ!?」
 舞は思わず、すっとんきょうな声が出た。
「ドラキュラ伯爵」
 イチコがわざわざ爵位をつけて言い直すまでもない。誰もが知っている名だ。もはや吸血鬼とドラキュラが同義であると認識している人も多いだろう。メジャー吸血鬼、ザ・吸血鬼である。

 ここで舞はドラキュラのモデルとなった歴史上の人物がいることを思い出した。
「ドラキュラ伯爵の正体って、やっぱりヴラド・ツェペシュなんですか?」
 ヴラド3世。15世紀のワラキア公主。容赦のない串刺し刑による粛清を実行したといわれている。ドラキュラとはドラゴンの子を意味し、彼の父はドラクル=ドラゴン公と呼ばれていた。そして竜は悪魔と同一視されていたそうだ。串刺しと悪魔、このイメージから吸血鬼のモデルになったらしい。
「よく言われてるけどヴラド公とドラキュラ伯爵は別人だよ。ドラキュラと言う吸血鬼は今も生きてる」
 舞は最初こそ驚いたが、受け入れるスピードは速かった。なにせ上司である綾子が吸血鬼である。加えて、彼女の真名はカーミラ。ドラキュラの次くらいに有名な吸血鬼だからだ。

 しかし次にイチコが発した言葉は、なかなか受け入れ難いものであった。
「まあ吸血鬼の勢力は、ずいぶん減っちゃったそうだけどね。元々姐さんたちの種族が『人間』と呼ばれていたのに」
「え?」
「あれ、姐さんから聞いてなかった? 今の人間は自分たちの世界が滅びたから、神々の腸を通って、この世界に逃れてきたんだよ」
 脳髄に電撃が走った。舞は漠然と、猿が赤いケツを掻いて自分のウンコを投げつけながら、長い時間を経て人間に進化したと思っていた。

 口をぽっかり空けている舞に、イチコが苦笑しながら続ける。
「細かい経緯は省くけど、吸血鬼は人間を受け入れたんだ。数が増えすぎたら血を吸って自分の眷属にしたりして、世界のバランスを保ちながら人間の発展を見守ってきた。でも吸血鬼を排除して、人間だけの世界を作ろうとした者たちが現れた」
 イチコの表情が、ギャルメイドと遭遇したときのように青ざめる。
「人間は神々の腸を通ってきたって言ったよね?」
「ええ。そ、そうか!」
 舞の気づきに、イチコは黙ってうなずく。
「神々の腸を通って、超常能力を得た人間がいたんですね?」
「そう。彼らは世界を我が物とするため、吸血鬼に戦いを挑んだ。結果は痛み分けってところかな。超常能力者も吸血鬼も大半が死んだ」
「そんなことがあったんですね……」
 これで探偵社のクライアントや綾子が返送者に対処する理由が分かった。

 だがイチコの話はこれだけで終わらなかった。
「吸血鬼を排除しようとした勢力、その末裔がウラシマなんだよ」
「ウラシマ……!」
 ウラシマとは西皮剥駅の西口周辺に広がる区画だ。外界との接触を避けたがる返送者たちのコミュニティで、『王』なる存在によって統治されている。区画は特殊な見えない障壁によって囲まれ、一般人は認識することさえできない。世間とは断絶された世界だ。
 だがウラシマに属する者が、外界で犯罪に手を染めるケースもあり、舞たちもウラシマに情報提供を求めたことがあった。そのとき舞は『王』に相撲勝負を挑んで敗北している。

 舞はそのときを思い出し、冷や汗が背中を流れる。イチコは気づかぬまま、さらに舞が汗を流す話を始めた。
「私の失われた記憶を取り戻す鍵は、きっとウラシマにある。なぜなら……私は10年前までウラシマにいたんだ」

つづく。