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小説ですわよ第2部ですわよ2-2

※↑の続きです。

 視界がホワイトアウトした中、石坂浩二のような語り口でマサヨの声が聞こえてくる。
「これから30分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです」
 ただただ純白があたり一面を覆い、声だけが聞こえてくる――普通の人間なら混乱して叫び出しそうなものだが、舞は落ち着いていた。この感覚は相撲の精霊が降臨するときと似ていたからだ。
 どうもこれがマサヨの超常能力らしい。相手とビジョンを共有する、あるいは強制的にビジョンを提示するといったところか。
「石坂浩二って、“例のプール”を元々所有してたんだよね」
「あれって、実際に住んでたのは市川崑監督らしいわ」
 この状況においてイチコとマサヨが呑気に芸能ネタを話すので、舞も対抗したくなった。
「石坂浩二って、女性を口説くときにハイネの詩を読むそうですけど本当なんですかね」
 返事は返ってこない。無視されたか? 舞は負けじと続ける。
「あ、なんでも鑑定団でカットされた石坂浩二のトークだけを編集したフィルムがテレ東の地下60階に封印されていて――」
 途中で、舞の言葉がかき消された。どれだけ大声を張り上げても、それが音になることはない。
 やがて声だけでなく、全身の感覚が奪われていく。手足を動かそうともがくが、動かしている実感がない。そもそも視界が真っ白で、自分の身体が見えないのだ。さらに眼前で眩い閃光が広がっていく――

 2022年4月1日。土曜日。田代マサヨは、ちんたま新都心の駅前に立ち尽くしていた。今日は午前中だけピンピンカートン探偵社に出社して、返送ではなく一般業務をこなしたあと、午後から劇団の稽古に参加するつもりだった。エイプリルフールなので、イチコになにか面白い嘘をついてやろうと電車の中で考えていたはずだ。しかし、それらはどうも叶いそうにないらしい。
「あらゆる世界は貴方のもの、私たちのもの」
「異世界人を見かけたら通報を」
 ビルの電光掲示板に物騒な言葉が流れていく。知っているはずの街並み。だが、なにかが違う。ちんたまグレートアリーナのドーム部分は、浣腸のように尖っているし、ビルはどこか丸みを帯びている。なにより決定的なのは、行きかう人々には機械が埋めこまれているということだ。腕、足、目、頭……部位は違えど、誰もが機械を身に宿している。駅の方を振り向くと、行きかう電車がすべてリニアモーターカーに代わっていた。

 マサヨは自らの乳首をつねった。痛みが確かにある。夢ではないらしい。マサヨが探偵社のバイトに入ってまだ1週間だが、それでも返送者たちを何人か轢いてきたので、この状況を冷静に整理しようという気になれた。現在、マサヨが置かれている状況は、大きくわけて3つのパターンだと考えられる。
1.なんらかの理由で異世界に転移してしまった
2.返送者の超常能力で、幻覚を見せられている
3.クスリで幻覚をみている
 『1』か『2』であろうとマサヨは考えた。『3』にしては幻覚が一貫性を保ったまま長く続きすぎている。普通はもっと支離滅裂に景色が入れ替わるものだ。
 マサヨは駅へ引き返し、探偵社へ戻ることにした。
 もし『1』の状況であれば、この世界の探偵社にあたる場所へ赴くことで、元の世界へ戻れるヒントが得られるかもしれない。社長の綾子から、近似並行世界の話を聞かされており、その場合は自分と繋がりの深い場所や人物と接触するよう教えてもらっていた。
 『2』の場合も同様だ。現実と幻覚を繋ぐ場所や人に接触すれば、幻覚を打ち破って正気に戻れる可能性が生まれる。

 しかしマサヨの行動は、物理的に阻まれた。黒服の男たちが行く手を阻み、サイレンサーつきの拳銃を向けてきたのだ。
「アヌス02へようこそ、田代さん」
「は、はあ? アヌスって、あんたたち昼間っから……」
 とぼけてみせたが、マサヨは男たちが言うアヌスとはマルチアヌス、つまり“神々のケツ穴で繋がった異世界群”であることを理解していた。イチコに事務所3階の異世界観測機を見せられていたからだ。
「ご同行願えるかな? 手荒な真似をしたくはない」
 拳銃を向けてる時点でもう手荒だろうとマサヨは憤ったが、抗うすべはない。無言でうなずくと男たちは銃を下ろし、ついてこいと手招きをした。すると、すかいらーくグループのネコ型配膳ロボットのような機械が歩いて来て、マサヨの目の前で止まった。
 その機械はマサヨの世界の配膳ロボとは違い、2本の足で動き、2本の腕をもっていた。ただし人間のように指はなく、手は球状になっている。顔に当たる部分は人間と同じく球状で、江戸時代の武士のようにチョンマゲのようなアンテナが後頭部から伸びている。
 ロボットは顔にあたるディスプレイ部分を明滅させ、声を発した。
「マサヨ、ワガハイについてくるナリ」
 それを聞いて、マサヨはロボットの正体を察した。
「あ~、あんた、リアルコ〇助ってことね」
「〇ろすとは物騒ナリ!」
「いや、あんたの名前よ」
「だから、そんな物騒な名前じゃないナリ」
「じゃあ、なんて名前なの」
「ワガハイは、愛助ナリ!」
 ロボットは顔のディスプレイに『♡』を表示した。
「なるほど……愛助ね、よろしく。で、私はどうすればいい?」
「これからご主人に会ってもらうナリよ」
「それって、あんたを作った人?」
「そうナリ」
「じゃあ、この世界ってキテレツ大百科の世界ってこと!?」
 ロボットは顔のディスプレイにへの字まゆ毛の顔文字と『?』を表示した。
「なにを言ってるナリか? ワガハイのご主人様は、神沼 蓮 様。アヌス02を統べる天才科学者ナリよ」
「あ~、最悪……」
 元の世界で探偵社は長い間、神沼 蓮の悪行を暴露するべく動いていた。どうやらこの世界では支配者になっているらしい。
「さ、マサヨ。ついてくるナリ」
 愛助が機械の腕で手招きする。これは面倒なことになりそうだと、マサヨは直感で悟った。しかし今の自分にはどうしようもない。
「はいはい、わかった。案内して」
 マサヨは諦めて愛助の頭をなでる。
「気持ちいいナリ~♪」
 愛助のディスプレイに喜ぶ顔文字が表示される。なぜか周囲の黒服たちも、ほっこりした表情でうなずいていた。
「ところで愛助。あんた、好物はやっぱりコロッケなの?」
「惜しいナリ。コロッケそばが好きナリよ」
 そっかそっかとマサヨは愛助の頭を軽く叩く。しかし心の中では、
「もう勘弁ナリよ~~~」
 と、キテレツ大百科のオチのように叫んでいた。

つづく。