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読書「うるさいこの音の全部」

著者、高瀬隼子(たかせじゅんこ)。
1988年生まれ。
2019年に「犬のかたちをしているもの」で、第43回すばる文学賞を受賞。
2022年に「おいしいごはんがたべられますように」で、第167回芥川賞を受賞。

すばる文学賞を受賞した作品はデビュー作でしょうか。
そして、三本目に単行本化された作品が芥川賞。
凄いです。

私が高瀬隼子さんの本を読むのは、この「うるさいこの音の全部」が初めて。
帯に『芥川賞作家が生々しく描く「作家デビュー」の舞台裏!』と書かれていたので、興味を持ち、読んでみようと思いました。

著/高瀬隼子
「うるさいこの音の全部」

ゲームセンターで働く長井朝陽(ながいあさひ)。
早見有日(はやみゆうひ)と言うペンネームで書いた小説が、新人賞を受賞。

作品は、長井朝陽の話と、早見有日が書いた小説が交互に書かれています。
劇中劇ならぬ作中作、とでもいうのでしょうか。
途中、どちらが長井朝陽の話で、どちらが早見有日の小説の話なのか少し混乱しました。

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文学賞の新人賞に受賞すると、周りの反応は違って来ます。
勤めている職場の雰囲気や対応が変わる事に戸惑う長井朝陽。
職場の広報誌にコラムを書いて欲しいと言われるが、これは長井朝陽としてなのか、早見有日としてなのか。
更に出版社からインタビューの依頼が舞い込むが、これも早見有日として答えたらいいのか、読者や依頼先が求める答えは普段の長井朝陽のエピソードなのか迷う。

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作中の早見有日の小説も、長井朝陽の性格や心情が投影されたかのような描写があります。
そして、更に私は「これは、作者である、高瀬隼子さんの心境も反映されているの?」と思ってしまったり。
もし、これが、100パーセントのフィクションだとしたら、読者にそう思わせる高瀬隼子さんの手腕が凄いのでしょう。

なので、この「うるさいこの音の全部」以外の本も読んでみたいと思いました。

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新人賞を受賞した作中の長井朝陽の心情や行いに、少し共感出来ました。

自分の言動が、その人の欲しかった内容、求めていたコメントなのか迷う…
「友達」と言うカテゴリーに自分が入っているかどうか様子を見てしまう…
本音を言わず、建前や相手に合わせた事をつい言ってしまう…
など、そんな経験ありませんか?
私は少なからずあります。
どんな小さなコミュニティでもです。
それは、私が小心者だからかも知れません。
また、立場によっても違うかも知れません。 

そのため相手からの要求に対して、つい「いい人」を演じて自己嫌悪する長井朝陽に、「あるある」「分かる」と共感しながら読みました。

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ただ、後半に掲載された「明日、ここは静か」の長井朝陽は、前半の「うるさいこの音の全部」からは少し違います。
新人賞を受賞を経て、長井朝陽(早見有日)は芥川賞を受賞します。
インタビューや取材は、新人賞受賞時の比にならない程、ものすごく入ります。

新人賞受賞時の長井朝陽は、取材される時には事前にどんな雑誌で、読者層は男性か女性か、年齢層なども調べて臨んでいましたが、今回の芥川賞では、覚えきれない程たくさん舞い込みます。
話す内容も、少しフィクション(小さな嘘)を入れるようになりました。
長井朝陽の出身は、東京ではありません。
著者、高瀬隼子さんの出身地が愛媛県なので、長井朝陽の出身地のモデルは、愛媛県かも知れません。
そんなに大きくない街。
長井朝陽が話したインタビューの内容が、思わぬ波紋となります。
同級生だったり、恩師だったり。
なぜなら、インタビューの内容に、少しフィクションが入っていて、それが本当にあったかのように伝わるからです。
そんなエピソードは真実ではないのに。
小さな綻びは、信用も失いかねません。
長井朝陽(早見有日)は、リップサービスのつもりだったのかも知れませんが、読者はいつしか違和感を覚える可能性があります。
実際、取材した記者は勘でウソを感じ取り、出版社の編集者は気付いているようでした。
今後、長井朝陽(早見有日)はどうなるのでしょう。

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この「明日、ここは静か」
これはフィクションで、著者である高瀬隼子さんの話ではない、と思います。
ただ、芥川賞は半年に1回のペースで選考会が行われていて、作中の長井朝陽によると「賞味期限は半年」との事。
その間に、できるだけ旬を届けなければ行けないと、長井朝陽はインタビュー等に応じます。
もしかしたら、現実に芥川賞を受賞された、高瀬隼子さんを始めとする作家さん達も、少なからずこんな経験や思いをされたのではないか。
そんな事を想起させられた著書でした。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

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