ミニ小説「誰よりも優しい君の魔法」①

「ただいま。兄さん。」
そう一人の青年が、視界の奥には白い岩肌をのぞかせ丘の中心に広がる花畑を目の前に独り言ちる。彼の名はウィルド。
「…ここがあなたの言っていた場所ね、ウィル。とても美しい場所だわ。」
彼を大切そうに愛称で呼ぶ女性。うっとりと眦を薄ピンク色に染めあたり一面に広がる景色を見つめる彼女はウィルドの婚約者 、エマだ。

彼らは妖精王の森と呼ばれる場所に向かうため、人知れず消えていくようにこの山々へ足を踏み入れた。
ここはフィヨルド地形の広がる巨大な岩が張った渓谷や草木に覆われた山々がそびえたつ魔法族と非魔法族の境目があいまいな世界。離れた山のふもとには城やその城下町が広がっており非魔法族の世界とともに魔法族の世界も広がる。ただしそれらは決して交わることがない。魔法界からの結界によりお互いか干渉することはできないのだ。しかし、山奥深くは精霊たちが住まうといわれており、人の魔力が及びにくく曖昧な境界線になってしまうのだ。
だがそもそもこんな山頂まで登ってくる人間などいない。なんせ古くからこの山は神の住まう場所として奉られてきたのだから。足を踏み入れるだけでも罰当たりだとされてきた。

エマは彼の後ろからゆっくり近づき、線は細くも男らしくがっしりとしたウィルドの腕にそっと手を添える。
そしてウィルドも、その手へ大切な宝物を見るかのように目を落とす。
「この辺りは草花の間に岩も隠れているから気を付けて。溝に足をはさんで足首を痛めないように。」
「あら?私は注意深い女よ。そんなへまはしないわ。それに今日ばかりはあなたにそっくりそのままお返しするわね。」
さっきからウィルドの目の奥がぐらぐらと揺れるように、少し苦しそうな表情をしていた。エマにはその気持ちは少しばかりは理解できた。だから少し和ますよう彼に言った。
「たしかにそうだね。じゃあ今日は君に守ってもらう日にしようかな?」
そう言いながら、軽く笑い声を漏らすウィルド。
「かまわないけど、代わりに魔法で私を屈強な兵士に変えてくださいね?熊みたいに力持ちで岩場でも難なくあなたを運べるように。」
「君みたいな凛々しくて可憐な女性を熊にするのは気が引けるな。わかった、気を付けるから今日はぴったり僕についていてくれるかい?」
「それなら…ええ、もちろんよ。」
野花のように柔らかく微笑み、それでいて優しい声で答える。

今日はウィルドの兄、ギーフの命日だった。ウィルドは一面に広がる花畑をエマと一望しながら兄と過ごした日々を思い出していた。


おためしラノベ書き。
セリフって難しい。


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