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『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』を読んだ話

夜の航海のよう

東畑開人著『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』を読んだ。この本の読書体験は夜の航海のようだ。小舟に乗って夜の航海をしながら、目の前にいくつものエピソードが現れる。複数のエピソードから心の深層に迫っていく構成は前作『心はどこへ消えた?』からの流れを感じる。

7つのアイテム

夜の航海にはアイテムが必要だ。この本に登場するアイテムは7つの補助線。補助線とは心を理解しやすくするために心にスパーンと線を引くためのものだ。心に補助線を引いたらどうなるって言うんだろう?航海の途中で道化師が突然現れて実にリズミカルにこう言う。

さあさあ、お立合い!
僕らの心はいったい何と何でできているのでしょうか?
気持ちよく、スッパーンと補助線を引いてみる。
煙がモクモクと立ち込めて、そこからドロンと現れたのは、馬とジョッキー。
こいつらいったい何者だ?

童話のようである。

馬とジョッキー

この本は、読み手によって学術書にもなればセラピー本にもなるような本だと思う。心理職としてはエピソードのメタな部分、つまり臨床の部分に魅かれずにはいられなかった。一般の方にとっては純粋に読み物として楽しめるだろう。おそらく一般の方に向けて書かれたのだろう(実際私はこの本を書店の啓発本コーナーで手に取った)、専門用語が一切出てこないのだ。その代わりに比喩がふんだんに用いられている。例えば「馬とジョッキー」。それは「エス」と「自我」のことを言っているのだけれど、そんな専門用語は使われない。もし、心理学についてもう少し知りたいと思ったなら、巻末の読書案内が参考になるだろう。いろんな読み方ができる。読み方も複数あるのだろう。

二度読みたくなる本

どのエピソードもとても興味深かった。その中でも特にミキさんのエピソードが印象に残っている。心の舞台として、もの凄い臨場感があった。読んでもらったらわかると思う。文体は村上春樹のような文体だと感じた。村上春樹が心理職だったならこんな物語を書くのではないか?ラストもお見事。善き読後感がもたらされた。物語の終盤はそれぞれのエピソードが交差し、読み終わった後にもう一度読み直したくなった。二度読みたくなる本だ。

真実は人の数だけある

この本の黒幕は誰なのか考えてほしい。「複数」ということがこの本の一つのテーマになっているように思う。『名探偵コナン』の江戸川コナンが言うように「真実はいつも一つ」ではなく、『ミステリーと言う勿れ』の久能整が言うように「真実は人の数だけある」のかもしれない。

夜の航海の末に

夜の航海の末、自分の心の中に何か変化は起きたのだろうか?そう簡単に人は変化しないのだろう。しかし、この本を読む前と読んだ後とでは何か少し違いがあるのかもしれない。千と千尋の神隠しのラストシーンで千尋の髪留めが微かに光ったように。


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