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不可思議短編シリーズ 第7回

コフレ


毎日の身だしなみから、いつものように、私はお風呂上りに、入念なフェイスケアを行っていました。髪を上にまとめ上げ、化粧水のタッピング。こうしてみると私ってかなりいけてる。鏡に映る私の顔を見るのは楽しいひと時でした。入念に化粧水を肌になじませていると、ふと頬と耳の付け根辺りに微かですが皺になっているのが気になりました。やあねえ。
 その皺は一直線になっていて、割れ目のようにも見えました。私は何とかごまかす方法はないものか、あるいは単に汚れがついているだけ、と希望的観測をして、指先でさすったり、いろいろいじってみました。
(やっぱり取れないや、なんだろ?)
 と、私は再度指先をその皺にあてました。すると、指先が不意にその中に入ってしまったのです。私は思わず手をひっこめました。それがいけなかったのです。変な風に指が引っ掛かって、裂け目を広げてしまいました。
 心臓が止まる思いをしました。わが身に起こった出来事が信じられませんでした。裂け目は大きく広がり、耳から顎に及んでいました。血は出ず、痛みもありません。裂け目から白い色が覗いていました。私は骨を想像しました。もう、パニクッていました。
 私は急いで元に戻そうとしました。でも、それはうまくいきません。何度も、何度も、たるんでしまった皮膚をそっと元の位置に戻そうとしました。うまくいきかけたと思った時もありましたが、すぐに、元の裂け目に戻ってしまうのです。私の精神は限界を迎えました。
 何も考えずに、裂け目に指を四本突っ込んで、思い切り引っ張ったのです。
ツルン!!
 あ、と思った時すでに遅しでした。何の抵抗もなく、自分の顔の皮をすべて引き剥がしてしまったのです。私の片方の手は、元の自分の顔をぶら下げていました。
エーーーーー!?
 鏡に映った我が身の姿があまりにも現実離れしているものだから、ただ、単純に驚いてしまいました。顔の皮を剥いだら、そこに現れるのは、理科室にある人体模型のように、筋肉やら血管やらが、血まみれになって剥き出しになるはずです。しかし、そうではありませんでした。
 黄色い、プラスチックのように光沢のある表面、目の位置に黒い穴(その奥にちらちら光るものがあります)鼻の位置には小さな穴が二つ。それと、申し訳程度の口…。私の首の上にはそれが乗っかっているのです。
 気が遠くなりました。それと同時に、私とは別の意識が頭の中に広がりつつあるのを感じました。ああ、ダメだ、このままだと私の人格は鏡に映っている、この化け物のものに取り替わってしまう。そしてわたしを完全に乗っ取って、なすべきことをし始めるに違いない。
 完全に人格の交代が行われる前に、私はどうしてもしておかなければならないことがありました。薄れゆく意識の中で私は必死に戦いながら、居間にいる母の元へ向かいました。
 母親にこれだけは言っておかなければならない。
 お母さん。
 今行くからね。
 やっとのことで居間までたどり着き、私の最期の言葉を母に届けました。
「ワタシ、オカアサンノホントウノコドモデハナイデショ?」
 母は私を見て、ひきつった笑顔を見せながら、小さく頷きました。

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