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第5話 キャンプ

 某国の某州に住んでいるとき、近所のご夫婦からキャンプに誘われました。私はキャンプなど行ったことがなかったので、二つ返事で「行く」と返事をしました。

 近所のご夫妻もうちもまだ子供がいない時でした。

 そのキャンプ場は車で一時間ほどのところにある山の中でした。

 途中で道路にコオロギの大群が現れ、道路を真っ黒に埋めていました。近づくごとに形を変えて蠢くその黒いものを、ザリザリと音を立てて車のタイヤが轢いて行きました。

 これが何かの暗示のようが気がしないでもありませんでしたが、そのことは忘れて目的地へ向かいました。

 キャンプサイトには川が流れ、大きな岩がせり出していて、子供たちが岩のてっぺんからダイブをして遊んでいました。
 そしてまた別の部分の川底からは熱湯が湧きだしていて、天然の温泉のようにもなっていました。

 キャンプの設営は、慣れているというとなりのご主人がやってくれました。
 たくさん食べ、たくさん話し、ゲームなどをして、たき火の火が消える少し前に床に入りました。

 その、夜中のことです。外に人の気配がしました。

 まだだれか起きているのでしょうか。まだたき火の火は残っているのかしら。
 そんなことを思いながらうつらうつらしていると、パン、パン、パン! と、花火のような音がしました。
 となりで寝ていたダンナもそれに気づいたようでした。
「誰か花火やってるね」
「花火じゃないだろう。火がテントに燃え移ったら大変なんだから。きっと、爆竹でも踏んで音を鳴らして喜んでるんじゃないか?」
 なるほど、こんなところで爆竹を鳴らしてしまうほど、みんなキャンプが楽しいのだな。
 そんなことを思って、眠りにつきました。

 翌朝、テントから出ると、ほかのテントにいた人たちが塊になって話していました。昨日までは少し挨拶をする程度の仲だったのに、一晩同じ場所で眠るとここまで仲良くなれるのか、と、感心していました。
 すると、うちを誘ってくれたご夫婦の奥さんが、私たちを見てあわてて駆け寄ってきました。
「昨日、だいじょうぶだった⁉︎」
「なにが?」

「クマが来てたじゃない!」

「へ?」
「お宅のテントのまわりをうろついてたのに気づいて、あの人が銃で威嚇してくれたのよ!」
 その方は、体の大きな同年代くらいの男の人でした。
「ものすごく大きなクマでさ! ほんと、あんたたちが無事でよかったよ!」

 何と恐ろしいことでしょう。

 私が人だと思っていたのはクマで、爆竹だと思っていたのは銃声だったのです。
 誰も、キャンプに浮かれて爆竹を踏みつけてなどいなかったのです。

 わざわざ私たちのテントを狙ってくるとは、敵もつわものです。きっと、デブの匂いを嗅ぎつけたのでしょう。ダンナはほぼほぼ「つまようじ」なので、狙いは私に違いありません。

 私たちは、重ね重ね彼にお礼を言いました。

 それ以来、キャンプは一度も行っていません。

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