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小説 :バラの指輪    

わたしはバラの指輪の守護天使。
これからお話するのは、バラの指輪にまつわる愛のお話。

※バラの花言葉……深い愛情、嫉妬……


「…このリングはなに?」
一日の仕事を終え、自宅のアパートまでの帰り道、私はの前に突然現れた、この世の者とは思えない美しい女性に声をかけられた。
白銀のふわっとした髪と、聡明さを感じるブラウンのひとみ。肌は白く、どことなくか弱げに感じたが、芯は強そうな美人に、
『手を出して』
と言われるがままに、手のひらを差し出すと、コロンと小さなリングを渡された。
「これは、バラの指輪。見て。このバラの蕾を」
「…蕾?花は…咲かないの?」
「咲くわ。貴女が本物の愛を知ったときにね」
わたしは、美人の言う言葉があまりにも怪訝けげんすぎて、肩をすくめる。
「セールスのリングとかならお断りだけど…」
「まあ、セールスなんて酷いわ。騙されたと思ってその指輪を外さず嵌めていれば、運命の人に出会えますよ…え?お金?そんなモノはいりませんわ」
わたしが、まだ納得がいかないままバラの指輪を小指に嵌めているうちに、指輪の守護天使は消えていた。
「…あ。これ…バラの匂い…」

ハッとして目覚めた。
夢…にしては、あまりにもリアルだ。わたしは額に手を当て、疲れているのかな…と、最近のアパレルの店員としての、自分の立ち位置に不安を覚えていたからだ。
私の名前は一ノ瀬寧々いちのせねね。某、有名デバート内でCARNAカルナというブランドのアパレル店員をしている。
年齢は24歳、独身。
社員割引で、CARNAの服を50%OFFで購入し、それを着て接客している。CARNAの対象年齢層は25歳〜30代後半と、自分の年齢よりやや上だが、それでも身につけていてしっくりくるので、然程さほど気にしていない。 
『いらっしゃいませ。お気に召したものがありましたら、ご試着もできますよ』
という言葉を1日に何回発しているのだろう。
店員と採用され、晴れてCARNAの接客業務に就いたが、ここのところ、マンネリを抱えている。
今日も、開店前から、床掃除をはじめ、入荷した新作をショップの前面に飾っていく。
「ねねちゃ〜ん。今日も出勤一番乗り、偉いわね〜」
店長の穂希瑞樹ほまれみずきに、頭をグリグリされるのも慣れてきた。
AM∶10時。開店5分前にアナウンスが流れる。

『おはようございます。開店5分前です。本日も気持ちよくお客様をおもてなし致しましょう』

デパートの各ショップに緊張感の走るアナウンスだ。
今日は、朝早くから珍しいタイプのお客様がいらした。普段、婦人服売り場には女性客の方が圧倒的に多いのはどのデパートでも同じだろう。
けれど、店の端で、遠慮がちに服を眺めている、大学生らしき若い男の子が居た。彼女へのプレゼントだろうか。
「いらっしゃいませ。プレゼントですか?宜しければご相談に乗らせて頂きます」
私が声を掛けると、大学生らしき青年が、顔を真赤にして、
「あ…あの…はい。女性の好みが分からなくて…あの…あなたならどんな服が好きですか?参考までに…教えて下さい!」
よくよく見ると、彼は整った顔立ちで、真摯な眼差しから、優等生的なイメージを受けた。
「僕、狭霧奏多さぎりかなたと言います。相手の方は、僕みたいな陰キャラじゃなくて、かすみ草のように清楚で、心遣いの上手な女性で、一目惚れでした。でも、その彼女は年上で、なかなか話すきっかけも無く、きっと年下扱いが関の山だと思います」
狭霧様のお話を伺いながら、想像力を働かせて、人差し指を唇に当てながら、

*年上の先輩女性
*かすみ草のように清楚な雰囲気

「その方と何か会話などされましたか?共通点のようなものを感じた…とか?」
狭霧様は、表情をしかめ、寂しそうに呟いた。
「…いいえ。会話も何も…今日初めて話したから…。ただ、とても優しく、親身に相談に乗ってくれて…」
私の接客向けの笑顔が凍る。
狭霧様の言葉を反芻はんすうし、
「…それって」
ハッとして私は、小指にめたバラの指輪の花びらがキラキラ輝きながら美しく咲いているのを確認した。
私は、涙目になりながらも、狭霧様を見つめ、
「…私のことですか?」
と、思い切って言った。
狭霧様は、やはり私と同じように眸に涙を浮かべながら、コクンと頷く。
「はい」
私は、バラの指輪を狭霧様の目の前に差し出し、
「…これが見えますか?」
おずおずと訊いた。
すると、狭霧様はひとみを大きく見開かれて、にっこりと微笑まれた。
「美しいバラの指輪ですね」
私は涙が溢れ、狭霧様の胸に飛び込んだ。
「…え…あ、あのっ…」
あまりにも突然、私に抱きつかれ、胸元で啜り泣く私に、どう対応したら良いか、分からないという、困り果てたような狭霧様に、私も、
「本当にお会い出来て、私も嬉しいです。奏多かなたくん」
と、奏多くんを見上げ、心の中で、バラの指輪の守護天使に感謝した。


これはバラの指輪を巡る、愛の物語。
あなたにも、素敵な出会いが訪れますように。

きっと願えば、バラの指輪の守護天使が、舞い降りるはず。

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