異世界転生してもいいことなんかないじゃないか 第3話 蛙化現象
私とヴァイオレットが家に帰ると、家が燃えていた。ヴァイオレットは急いで中に入る。スカーレットを助けるためだ。私も魔法でヴァイオレットが火傷をしないようにサポートする。私たちは何とかスカーレットを助け出し、外に避難をした。ヴァイオレットの適切な対応で何とかスカーレットは一命を取り留めた。
「あの女の仕業に決まってる。絶対に許さない!」ヴァイオレットの目には闘志が灯っていた。
「どうやってやり返す?多分ヴィーナスのところに行ってものらりくらり躱されるだけだよ。」私は彼女に尋ねた。
「訴訟に決まってるでしょ。こんなの嫌がらせの域を超えてる犯罪よ。」
「でもヴィーナスが証拠を残すとは思えないよ。」私が彼女に言うと、
「そんなの分かってるわよ。」と強く言い返された。
「見てなさいよ。この借りは10倍にして返してやる。」彼女は笑みを浮かべた。
ーヴァルハラ最高裁判所ー
ここはヴァルハラで最も大きい裁判所である。通常は初審でここが使われることはないのだが、王族関連事件においては、王族が許可を出せば初審でも許されるという特則が設けられている。本件では被告であるヴィーナスが許可を出したため、初審が最高裁で開かれることになった。ヴィーナスが許可を出したのは、法廷で我々に恥をかかせるためだろう。開廷前のとある一室でのこと。
「ちゃんと勝つ見込みはあるんだろうな。お前何やら電話で指示を出していただろう。」ナーガがヴィーナスに話しかける。
「私のこと舐めないでくださる?そこら辺はちゃんとぬかりなくってよ。それにこの国一の弁護士を雇っております。」ヴィーナスは自信たっぷりに答える。
いよいよ裁判が始まった。原告は私とヴァイオレット、被告はヴィーナスとその友人のジュピターである。宣誓やら様々な手続きをしてから、ヴァイオレットが主張を始める。ヴァイオレットはどうやら弁護士を雇わず自己弁護をするようで、私は彼女の有能ぶりに心底感服する。ちなみに裁判所内での魔法の使用は禁止されている。ダンスパーティーの時みたいに魔法による裁判官の心証の変化には期待できない。まさに正々堂々とした戦いである。
「私はジュピターにより家を燃やされました。そこでヴィーナスの友人であるジュピターに放火罪を、ヴィーナスに放火教唆罪を求刑します。」ヴァイオレットが主張をした。
「ふん。わざわざ訴訟を提起したからにはちゃんと証拠を持っているのよね?」ヴィーナスが強気に反論する。
「ええ。私の家が放火された時、家の中には私の母であるスカーレットがいました。彼女に証言をお願いしてもよろしいでしょうか。」ヴァイオレットが裁判官に尋ねる。
「証人の発言を許可します。」裁判官の発言とともにスカーレットが発言をする。
「私は当時家の中にいました。私自身軽い火傷を負っているので、これが証拠になる筈です。当時何やら家の外で音がしたんですね。そうしたら電気が急に漏電して発火し始めたんです。電気の漏電など人為的な行為なしには起こりません。その何者かが犯人です。」
「その何者かは、近所に住む者からジュピターという人物だという証言は得ています。そして独自のルートによりヴィーナスとジュピターの通話履歴も確保しました。通話時刻からヴィーナスがジュピターに犯行を教唆したのだと考えられます。」ヴァイオレットも続けて主張をした。
「被告側が何か抗弁はありますか?」裁判官が被告側に尋ねる。
「もちろんありますわ。その近所に住む者を証人として発言させてもよろしくって?」ヴィーナスは弁護士がいるにも関わらず、勝手に自分で進行を進める。
「許可します。」裁判官がそう言うと、近所の人がゆっくり入って来て発言をした。
「私が当時みた人は…そこにいるジュピターという人では…ありませんでした。まったく知らない別人でした…。」
「何で!あの時写真を見せたらジュピターだって言ってたじゃない!」ヴァイオレットが机を叩いた。
「勝手な発言はお控えください。」裁判官がヴァイオレットに注意をする、
近所の人は何か決まりの悪そうな顔をしている。私はその様子を見て悟った。証人を買収したのだと。いかにもヴィーナスのやりそうなことである。私ははらわたが煮えくりそうになった。ここまでして勝ちたいのかと。そして吐き気もしてきた。こんなヤツと血が繋がった兄弟だという事実に。
「これでジュピターが放火をしたという証拠は無くなったわ。さ、どう主張するつもりかしら?」ヴィーナスが笑いながら私たちを煽ってくる。
「ヴィーナス様も勝手な発言はおやめください。」裁判官がそうなだめるが、ヴィーナスは勝ち誇った表情である。
(敗けた!)私は正直そう思った。ここから挽回する方法を私は知らなかった。するとヴァイオレットがゆっくり口を開く。
「まったくどこまでも白を切るつもりなのね。いいわ、お望みの証拠を見せてあげる。」ヴァイオレットはそう言ってテレビにビデオを映す。
「これは私の家に設置していたカメラです。このカメラに犯行の一部始終が映っていました。」
「な、そんなカメラどこにも…」思わずジュピターが口を開くが、ヴィーナスはジュピターを睨み発言を制止する。
「そんなカメラどこにも?その発言はなんですか?まあ、それは置いといて、これは私の知り合いに頼んで姿隠しの魔法をかけてもらったんです。私の知り合いの魔法は特殊で、魔法の対象は誰にも存在が認知されなくなるんです。だから犯人はカメラの存在に気づかなかった。」ヴァイオレットは淡々と発言をした。
そしてカメラのスイッチをオンにした。そこにはスカーレットの家の電気設備に細工をしているジュピターの姿が映っていた。法廷内にいる全ての人の視線がジュピターに集まる。ジュピターは下を向いている。
「できればこれは出したくなかった。できれば犯人には罪を認めて自白をして欲しかった。私は大衆の目の前で犯人に恥をかかせるようなことはしたくないから…。もう終わりです。ジュピター。」ヴァイオレットは静かに話した。
「…。」ジュピターは下を向いたまま何も言わない。
「ちょ、ま、待ってください。少し依頼人と話を…。」ヴィーナスの弁護士が口を開く。
そう言って弁護士とヴィーナスはひそひそと話をし始めた。すると急にヴィーナスが叫んだ。
「もういいわよ使えないわね!早く出てって!」ヴィーナスのあまりの迫力に弁護士は急いで立ち去った。大方もう逆転は不可能だと言われたのだろう。するとヴィーナスが見下すような目をして言った。
「これはジュピターが勝手にやったことです。私には何の関係もありません。」
ジュピターはびっくりしてヴィーナスを見上げる。しかしヴィーナスはジュピターの目を見て無言の圧力をかける。その目はまるで「余計なことは言うな」と言っているようだった。
「…。」ジュピターはまた何も言わずにうつむいた。
「待って。ヴィーナスにはジュピターとの通話履歴が…。」
「そんなの教唆の証拠になりはしないわ。通話の内容までは残っていないもの。」ヴァイオレットの発言にヴィーナスは強きに返す。
しばらく廷内に沈黙が続く。「双方、何か主張することはありますか?」裁判官は特にジュピターを見て言った。「…。」しかしジュピターはうつむいたまま何も言わない。
「では判決を言い渡します。原告による被告ジュピターの放火罪の請求を認めます。しかし、被告ヴィーナスの放火教唆罪の請求は棄却します。よって被告ジュピターに10年の懲役を言い渡します。」
初犯で懲役10年の実刑。しかも執行猶予はついていない。放火罪は極めて重い罪だと知っていたが、目の前で実刑判決を受けている人を見て、私は改めて刑を重さを痛感した。ジュピターは泣きながら留置場に連行された。ヴィーナスはそんなジュピターを虫けらを見るような目で見ている。私はヴィーナスを心の底から軽蔑した。ジュピターはヴィーナスのために人生を棒に振るったのに、ヴィーナスはそれに対して何も思っていない。
私とヴァイオレットが家に帰っている途中、私たちは数人の人に囲まれた。そしてヴィーナスが現れた。この人たちはヴィーナスの友人たちだった。良くみると座学で同じ授業を受けた顔見知りばかりだった。
「よくも私に恥をかかせてくれたわね。今日という今日は許さない。」ヴィーナスは怒りに満ち溢れている。しかし友人たちの顔はあまり乗り気ではないようだった。
「何をやってるの?早くこいつらに攻撃しなさい!」ヴィーナスの叫び声に友人たちは「ハッ」とした表情を浮かべ攻撃してきた。私は咄嗟に防御の魔法を展開した。するとなんと魔法が使えたのである。実戦での魔法は初めてだったが、なんとか使えたようだ。
「さすが、私が認めた男ね。あんたがヴィーナスをやりなさい。」ヴァイオレットはそう言って周りの取り巻きたちに魔法をかけ始めた。
私がヴィーナスに魔法を?今思えばヴィーナスには随分とひどいことをされた。授業中に豚に変えられたことが一番辛かった。私はその悔しさを力に変えてヴィーナスに魔法を放った。
「ぎゃあ!!」
ヴィーナスに魔法が当たり、ヴィーナスは醜いカエルとなった。
「あなたたち何をやってるの?早く私を助けなさい!」ヴィーナスが友人たちに助けを求める。しかし友人たちはヴァイオレットの魔法にかかって動けない状態だった。
「さて、こいつらも訴えてやろうかしら?」ヴァイオレットがニヤケて言う。
するとヴィーナスの友人たちは青ざめて一斉に喋りだした。
「お願いします。それだけはやめてください。私たちだけでも助けてください。もうヴィーナスとは関わりません。」
「な、あんたたち何を言ってるの?」ヴィーナスはカエルのまま絶望の表情を浮かべた。
ヴァイオレットは魔法を解いた。するとヴィーナスの友人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて言った。
「姉さん、これで分かったか?人に裏切られる気持ちが。恥をかかされる気持ちが。私たちの気持ちが。もう二度と我々の前に姿を現さないでください。」
私はそう言ってヴァイオレットとともに立ち去った。家に帰ってからは勝訴パーティーを行った。今までで最高に楽しいパーティーだった。
ーヴァルハラ城 とある一室ー
「はあはあ、ありがとうナーガ兄さま。」ナーガの手によってヴィーナスのカエル化が解かれていた。
「トールのヤツに仕返ししてくれるんでしょ?」
「何を言っている。これはお前の戦いだ。そしてお前は負けたんだ。お前はしばらく牢屋にでも入って頭を冷やすんだな。」ナーガが冷たく言った。
「い、いや。あんな不潔な部屋。いやーー。」ヴィーナスは悲鳴を上げたが、無理やり牢に入れられた。
「だが、あの落ちこぼれが随分調子に乗っているようだな。そろそろ身の程をわきまえさせねばな。」そう言ってナーガはうっすらと笑みを浮かべた。
ーTo be continued-
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