夏休みと言えば三者面談
就職希望が中心の学校ですから、夏の三者面談は重要。
大学の一般受験は、本人が願書を準備し、書類を書いて提出です。学校が関わるのは「調査書の発行」程度。あとは生徒の責任。
しかし、高校生の就職は、大学入試で言えば「指定校推薦」のようなもの。指定校推薦のように合格確実ではないですが、内定後の辞退は絶対的タブー。辞退者が出た場合企業は新たな求人のためのコストが発生します。もちろん、翌年以降、辞退者の出た学校への求人は…です。
B君との三者面談
前回書いた「消火器事件」の翌週。
事件の記憶も生々しい状況で、予定していた三者面談がやってきました。
高校3年生の夏の面談は、7月初日から始まった求人公開を踏まえ、現時点で何を考え、どの企業を希望しているかを確認します。
そこで、保護者と生徒さんとの合意があれば、具体的な受験準備に入ります。履歴書作成や企業見学などですね。
受験から合否判明までのスケジュールの確認、就職活動のルールの説明、守ってほしいことなどを伝えます。
私の場合、最初に、「ご家庭ではどのような相談になっていますか」と質問することから始めます。夏休み前に2者面談をして、本人の希望は聞いているのです。ただ、そこでわかるのは、保護者の意向との不一致。
そこで、2者面談の段階で、夏の3者面談ではこんな風に進めるからね。だから、家の人と話し合っておくこと。あと、家の人を説得するために資料などが必要な場合、事前に伝えてくれれば、私が準備するとも伝えていました。
そして、B君の順番になりました。
警戒心が、B君とお母さまから発されています。身構えています。
田舎町の高校生はどこに就職するのか?
都会なら、大学でも就職でも「自宅」から通勤・通学ができます。しかし、ここでは、高校卒業以降「自宅から通える学校」はありません。また、3年生全員が「自宅から通える地元企業に就職する」ほどの求人・キャパはありません。就職先は大きく3つに分類されます。
①自宅から通勤できる地元中小企業
②県内、主に県庁所在地にあるローカル企業
③県外、首都圏の大手企業か、那須・志賀高原などのリゾートホテル
難しいのは、保護者のご意向と生徒さんの希望が一致しないことです。
バブルはとっくに弾け、求人数と生徒数とがイコールになるまで求人票の数は減っていました。特に地元企業の体力は落ちており求人数が減っていました。
一方で、保護者さんには、「中卒金の卵として集団就職で上京した最後の世代」の方がいました。東京でご苦労をして、いろいろあって地元に戻ってきた方です。当然ながら、我が子を東京には出したくありません。東京のイメージが悪いのです。できれば地元企業でというのが、その意向。極端に言えば、高校卒業後も自宅に居てくれるならアルバイトでもいい。就職を諦め、高校卒業後も自宅に居てくれるなら、ご褒美に車を買ってあげるという約束をしたがる保護者さんも少なくなかったです。
一方で、生徒さんは、「ちゃんと働きたい」「地元に仕事がないなら県外でも構わない」「働いて、自分で稼いで、自力で暮らしたい」です。
この時、高校生だった生徒さんたちは、現在42~43歳。
就職氷河期世代とは、大卒がクローズアップされますが、高校生もなんです。ただ、そこには、就職を子供に諦めさせたり、アルバイトでいいという保護者の意識もわずかですがありました。難しいですね。
B君のお母さんの思い
話を戻します。B君とお母さまが席に着くと、「高校卒業後の進路について、ご家庭ではどのような話になっていますか」と問います。
返事はありません。何かそわそわしています。
「今日の面談は、高校卒業後の進路について、保護者の方と意見をすり合わせ、受験先や受験準備のことを確認することが目的です。そのことは、B君との二者面談で伝えています。また、三者面談の案内文書でもそのことを記していますが…、話し合いなさっていますか…」
ここでも返事はありません。B君は不貞腐れた表情で窓の外を見ています。
お母さんがこのようなことを教えてくれました。
・今まで、三者面談では、成績がよくないこと、服装がだらしないことや校則違反を繰り返していることなどの指導を受け、怒られるばかりだった。今日もそうだと思ってやってきた。先週の件もあって、厳しいことを言われて怒られると思い込んできた。
・だから、高校卒業後の進路ことを聞かれるなんて想像もしていなかった。そもそも、先生方は、息子を卒業させてくれないのではないかとも思っていた。
・もし、息子が高校卒業できるならば、ぜひ、働いてほしい。きちんと就職してほしい。うちの子は、就職できるのですか…。
卒業できるか、就職できるかは、本人の意思と努力です。
ただ、担任としては、卒業できるように支援しますし、就職希望であれば、就職試験の出願・受験に向かって指導もします。ご理解いただきたいのは、特に就職試験については、その合否を決めるのは学校ではありません。受験した企業が決めるものです。結果について、こちらで保証できることはありません。本人次第です。
担任ができるのは、書類の作成や面接の準備などの指導です。
心配なのは3つです。
高校生、つまり未成年の就職は、保護者の合意と、企業・学校の信頼関係とに基づいて出願、受験、内定、入社と進みます。
一つ目は、ご家庭での合意がまだないことです。よく話し合い、本人と保護者の方の意向を一致させてきてください。それがないと先には進めません。
二つ目は、成績の低下です。成績が低下して赤点が増えると、ご家庭の合意があっても出願できなくなる可能性があります。成績が低下した場合、就職試験受験条件である「卒業見込み」と認定できなくなるからです。まず夏休み中の課題に取り組み、1学期の赤点を解消してください。
三つ目は、学校生活です。最悪の想定ですが、今後停学処分を受けたとしましょう。その期間中に出願・入社試験があった場合、非常に難しい対応になります。
たとえば、停学期間中に出願しようとする場合、そういう大事な時期に、自覚のない行動をする人間を、学校として企業に紹介・推薦してよいのかということが話題になると思います。
たとえば、停学期間中に入社試験があった場合、人権的な判断から学校は受験を許可すると思います。ただし、受験する生徒が停学期間中であったことを相手企業に報告しないで受験したとします。受験後にそのことを企業が知った際、企業はどう考えるでしょう。そこまで考えると、進路指導部の担当者としては、受験前、非公式に、内々に、企業の採用担当者に報告し、受験の可否を相談する・話を通しておくことが社会通念上必要と考えられます。つまり、決定権は「企業」にあるのです。
申し訳ありませんが、これが学校の現実で、私の限界です。
学校は何でもできるわけではありません。また、私はこの学校で教員デビューをした、まだ5年目の未熟な教員です。B君の卒業・就職を支援することはできますが、実現できる保証はできません。申し訳ないのですが、B君自身の努力が必要です。その努力を、お母さまと一緒に支えることで、実現の可能性を高めることができればと思っています。
今日は、これで終わりましょう。
その代わり、夏休み中にもう一度、ここで面談をしましょう。
その日程を、今ここで仮決定しませんか。
B君が、この時何を思ったのかはわかりません。
ただ、卒業式の日、B君のお母さんは深々と頭を下げ、お世話になりました…と言ってくれました。夏の三者面談のことが忘れられませんとのことでした。
しかし、卒業式の頃、私の心身は崩壊直前で、その言葉を受け容れることができたのはかなり後になります。
続く…
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