教員しての試練がはじまる その1
平成7年頃から始まったこと
この頃から、学校の雰囲気が変わってきました。
まず、TVドラマで起きているようなことが、目の前の現実として表れてきました。その根源には、学校・先生という存在に対する「依存と反発」がありました。
この頃の高校生は、2023年現在、40歳を少しこえる年齢です。
まず、女子生徒のスカートが短くなり、ルーズソックスや髪を染めることが流行りだしました。教室内の財布から現金を抜き取る事件が増え、毎日校内のどこかが壊されています。いじめ・恐喝がおきますが、加害者は自分の非を認めません。盗難が起きるのも「学校が悪い」「先生が犯人をつかまろ」となります。
喫煙した生徒さんの変化
喫煙の処分は停学です。
事情を聴くとき、一緒にいた人間はいないかを聞くと「自分だけです」という答えでした。多分、他にもいたと思うのですが、それは口にしないのが、生徒さんたちの関係性で、そこは深堀しないのが大人の知恵でした。
しかし、この頃から「あいつと一緒に吸った」「〇〇もいつも□□で吸っているんだから捕まえろ」というようになりました。そうなるとどうなるかというと、一度に大量の生徒さんが停学になります。喫煙の事実を認めると同時に、仲間を売るんです。また、その場にいない生徒さんも吸ったと虚偽の主張をするケースも出てきました。
事実を正確につかむのに大変な時間と労力が求められるようになりました。夜9時から会議ということも増えてきました。
家庭訪問すると
保護者の方が晩酌中なこともありました。
煙草を吸いつつ、「ここら辺では、13歳になると男の子は酒・たばこを覚えるんだけど、何で学校ではつかまるんだ」と問われます。
個人的にこういう問答は好きなのできちんと返答します。
・未成年の喫煙を禁止しているのは、校則ではなく、法律であること。
・20歳という年齢は、明治の「徴兵制」が起源と考えられていること。つまり、徴兵検査を受けるまでは、喫煙・飲酒を避けるという発想による(諸説あり)ものであって、学校が勝手に決めたものでも、我が子のことを先生が嫌って陥れたものでない。
・警察につかまると最悪「前科」になるが、学校の処分であれば履歴書に記載する必要はないし、調査書にそのことを記入することもないこと。
すると、保護者の方は「で、先生はいつからお酒、たばこを」と問い返してきます。
私、酒・煙草を嗜まないんです。どちらも体質にあわない。文学部に進んだ大学時代、「文学を志す者が酒・煙草の味を知らないのはいかがなものか」という価値観もあり、試しましたがダメ。創作ではなく研究に進んだのはそういうこともあります。それはそれで、ある意味挫折であり、コンプレックスでした。
しかし、高校の先生としてはアドバンテージ。
保護者の方は、子供に喫煙や飲酒を認めていたようで…、それを咎められた時、「先生も酒・たばこやるんでしょ」で対抗していたようです。その前に登場したのは、保護者の方の長い人生で出会った初めての「酒・煙草をやらない人類」。
「停学という処分については、ご納得いただけますか」
「高校卒業まで、煙草とどう付き合うか、期間中にお子様と話し合ってください」
「今日の家庭訪問については、保護者の方が納得してくれたこと、お子様と話し合うことを約束してくれたと学校には報告します。話し合いの内容や結果は、お子様が書く反省文の内容にしてください」
どっと疲れが出る
変な話ですが、この頃はまだ、会話や話し合いが成立しました。
上の内容を読み返すと私がやり込めたようにも読み取れますが、そうではなく、保護者の方の疑問や悩みを共有し、学校と家庭とで子供たちへ共通の対応をすることができました。
また、弱いものいじめや、嘘をつくことは人間的にどうかと思いますが、若者ってのは少々羽目を外すことがあるものです。羽目を外したことが、あとから笑い話で済むか、人生の岐路になるかが大事…と考えていました。
そんなことを保護者の方と話せたのです。
とはいえ、この頃の私は、学校の先生になって3年程度でまだ30歳。
目上の方である保護者の方とお話するのは疲れます。
というか、これが学校の先生のお仕事ならば、大学院まで進んで学んだことは一体何なのか。予備校で入試問題と格闘し、学力を上げるための工夫を繰り返したことは何だったのか…。
家庭訪問の帰途、暗い夜道を運転しながら、「予備校に戻るか」「進学校へに異動希望を出すか」を考えました。
そして、「教育・先生」を選択したことへの疑問が高まります。
そんな中、さらにいろいろなことが起きます。
続く
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