突然吹奏楽部の顧問となる(12)
経験のない吹奏楽部の顧問となって3年目。
3年生の担任、大学受験課外の担当、小論文などの添削、総合学習のプランニング、地区吹奏楽連盟の事務局…という業務の担当となりました。
指揮や和声の勉強もしないといけません。新入部員がどさっと入ってくれて、吹奏楽・合唱あわせると部員は100名をこえました。副顧問はいません。担任業も顧問業も、生徒さんの主体性・自主性を優先し、私はできるだけ口を出さないようにしました。
授業も同じ(これについては、機会があれば書きます)。
そして、心の中では、「吹奏楽は本当に今年度いっぱい」という強い決心をしました。
もう吹奏楽部の顧問は終わりにしたい
最大の要因は、私自身の能力。
私には音楽の経験も能力もないです。それが如実にわかるのは、私が指揮をした時と、プロの方が指揮した時とで、バンドから出てくるサウンド・音楽・演奏があまりに違うこと。
変な話ですが、最初の頃は、そんなに違いはなかったのです。しかし、各楽器のレッスンや、Sさんのバンド指導などによって、明らかに部員の音楽的能力は伸びました。バンドの性能も上がりました。その結果、よい指揮者に出会えば、よい音が出るようになったのです。もう、私の手には負えません。ただ、学校吹奏楽の世界では「顧問=指揮者」が常識になっています。となると、私の指揮の技術・楽譜の理解力がコンクールの結果になります。
部員の力は全国クラスです。でも、私は素人。これ以上、私が顧問でいることは、部員とバンドのためになりません。
そして、私自身のキャリアのためにもなりません。
指揮などのレッスンを受ける時間を確保するには、本業である国語の授業の準備時間を削る必要が生じてきました。そこに、吹奏楽連盟事務局の業務が重なります。となると、お仕事の優先順位がこうなります。
①吹奏楽連盟事務局業務(サボると多方面に迷惑をかけることになる)
②指揮などのレッスン(音楽の勉強)
③授業や課外講習のための準備(教員はこれが一番大事なはずですが…)
④担任業務(教員はこれが一番大事なはずですが…)
これは…だめでしょう。学校の先生として大切にすべきことの順位が違います。おかしいです。
しかも、最もクレームが多いのが事務局と顧問業務なのです。
私なりには頑張りますが、能力はこえています。このころ、近所の24時間営業のファミレスに朝5時に入り、朝食セットを食べつつ入試問題を解いたり、授業準備をしていました。そこから出勤。
こんな日々が続くと、私自身か、家庭か、授業か、クラスか、どれかが崩壊するでしょう。吹奏楽部顧問の先生が離婚したという話もよく聞きました。部活動指導のために家庭が犠牲になる、奥様に愛想をつかされるんですね。
私は、大学受験を通じて、学問・研究の入り口を示したいと思っていました。音楽のすばらしさ・楽しさもわかっていますが、それは私のミッションではないはずです。
いろいろ面倒なこと(笑)
その頃、楽器店や音楽業者からの営業が増えてきました。
いわゆる大手資本からの営業です。
顧問が変わり、県大会で金賞を取り、部員が増えました。楽器の販売だけでなく、講師の派遣、DVD/CDの作成、ユニフォームの販売などの売り込みもあります。飛び込み営業や電話がしばしば来ます。そのたびに対応が必要です。もちろん、無視することもできますが、一応、愛想よく笑顔で対応していました。
世の中には、「学校の先生は偉そう」という声があります。そう言われないよう、常識的な対応を意識していました。そこには、「音楽業界は狭い。変な噂を流され、足を引っ張られないように」という警戒心もありました。
ちなみに、楽器購入は、F高校のあるF市の楽器店にお願いしていました。講師は、F高校OBの音楽家に依頼していました。全国規模の大手資本に頼るのではなく、F市とF高校の資源(リソース)を活用するのが、地域の活性化になると考えていました。
なにより、地方都市には、その地域の音楽活動を支える「町の音楽家、町の楽器店、町の音楽愛好家」がいます。その力に支えられて、毎年音楽の道に進む高校生が育つのです。東京芸術大学に進みプロになる人もいれば、一般大学のジャズ研に入り、そこからバークリーに留学してアメリカでミュージシャンになった卒業生もいる。そういう「地域の力」を守るのも、進学校であるF高校の役割です。
そこに大手資本が営業に来る。そのオファーの中には「全国大会出場を目指す強化指定校になりませんか」というものもありました。そのメーカーの楽器で揃えてくれれば、定期的にメーカー所属の音楽家がレッスンに来てくれる。楽器運搬やコンサートチケットの代理販売など様々な便宜を図ってくれる。全国大会常連校との合同練習や、顧問の先生の指導などもアレンジするということです。
う~ん。私はサックスならセルマーの音が好きです。クラリネットの部員にはクランポンが多いです。音楽大学を目指している部員は、楽器の先生を通じて楽器を購入しています。その中に、国産メーカーの楽器はなぜかありません。そもそも、部員個人が購入する楽器を「部で指定する」ということが私には理解できません。自分で購入する楽器は、自分の理想の音が出る楽器でいいじゃないですか。
とてもありがたいオファーではあるのですが、受け容れることは難しいのです。さらに言えば、楽器購入も講師の手配も、全国大会常連校との合同練習も、間に合っています。
演奏会のDVD/CDは、オーディオマニアで、自らもジャズバンドでサックスを演奏する町の電気屋さんが作ってくれます。これも間に合っています。
しかし、試練はやってくる
3学期制のF高校は、1学期期末考査後、「午前授業」になります。
少し前までは、「午後は部活動×練習し放題」でした。しかし、大学受験体制の強化に伴い、「午後は三者面談×課外講習」となります。
つまり、吹奏楽部の練習が可能になるのは、課外講習が終わる午後4時以降。ただし、三者面談は教室で行われています。三者面談が終わる時間は、「担任×クラス」によってまちまちです。私は「課外講習の担当」なので、三者面談は「午後4時以降」しかできません。そうなると、吹奏楽が音を出せる時間がさらに後ろになる…というジレンマを抱えます。
夏休みに入ると、「午前中は課外講習・三者面談」「午後は部活動」となります。私の一日はこうなります
午前 現代文
古文
午後 課題曲
自由曲
夕方 小論文
夜 吹奏楽連盟事務局業務(コンクール準備)
そして、地区大会の本番がやってきました。大会は二日間あります。
高校の部は初日の午後。ただし、私は事務局なので、バンドにはつけません。当日は、舞台袖で合流して、そのまま演奏になります。
地区大会の結果は「銀賞」でした。
部員全員が蒼白になる
普通、銀賞であれば県大会には進めません。
部員は悲鳴をあげ、会場のお客様はざわついています。
その時、事務局の私は、地区吹奏楽連盟の役員として表彰式のステージ上にいました。理事長の隣に座っています。勤務校の学校長は、「地区吹奏楽連盟会長」として、表彰状を渡しています。
一位通過は、お隣の高校。つまり、F高校の前の顧問の先生が異動した高校が金賞・一位通過。二位・金賞はお隣の私立高校。
そして、F高校は三位・銀賞。
幸い、その年の県大会出場枠は3校。F高校は銀賞でしたが県大会にコマを進めることはできました。表彰式・閉会式を終えると、県大会出場校は舞台裏に集まり、県大会の演奏順の抽選をします。
目を真っ赤にした部長と副部長が抽選会場にやってきました。県大会の演奏順は最後から三番目。悪くないです。
このあと、審査員の接待などがあるので、ミーティングには参加しない予定でした。しかし、一言、前向きな言葉をかけておかないと…と思い、部長にその旨を伝えました。
明日、3年生は模擬試験、1~2年生はコンクールの補助役員です。
このままでは…ですね。
会場の外に全員が集まっていました。夜目にも顔色が悪いのがわかります。泣いている部員もいます。
私が伝えたのは、以下の3点。
・地区から県大会に進む3校で、最も練習時間が短かったのはF高校
・今日は学校で模擬試験があるため、朝からバス移動・学校外で練習・バス移動・会場で本番という悪条件を引率教諭なしで生徒だけでやり遂げたのもF高校。そして、大会初日を無事に終えることができたのは、F高校吹奏楽部のコンクールメンバー以外の部員たちが運営で協力してくれたから。
・幸い、三者面談も課外講習も明日で終わる。県大会までは、午前から練習できる。ここから追い上げましょう。
どの高校にもいろんな事情はあると思います。F高校だけが特別ではないと思います。しかし、どう考えても「勉強×音楽」の両立を意識し、他の高校にはない制限の中で頑張ってきたことは間違いありません。
そのことだけは…と思いました。それをわかってくれる人が部員には必要と思いました。周囲には、OB会でお会いした方がもの言いたげに佇んでいます。やばいです…。
その時、校長先生がやってきました。「一言いいかい」というと、部員に、「今日の演奏はとてもよかった、感動した。県大会も必ず聞きに来る、楽しみにしているからね」と言い、「演奏だけなく、勉強も頑張り、大会運営も手伝ってくれるF高校は、僕の誇りであり、地区の誇りでもある。涙を拭いて、胸を張って、次の目標に向かいなさい」と伝えてくれました。
部員は、全国大会常連校のように、大きな声で「はい!!!」と返事し、周囲にいた保護者からは拍手がわきました。
そして、私は、会場の最終確認と戸締りに戻ります。
校長先生は、先に審査員との食事会場に入っているはずです。
つづく…
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