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第2回目報告

『LOVE YOU FOREVER』 と『ラヴ・ユー・フォーエバー』と『かしの木の子もりうた』


はじめに

 私が最初に手にした本は『かしの木の子もりうた』ロバート・マンチ:原作 細谷亮太:文 いせひでこ:絵 岩崎書店 2014でした。この本を3人の男の子の育児とご自分のための勉強に一生懸命な方へのプレゼントとして選びました。それをきっかけに同じ出版社から『ラヴ・ユー・フォーエバー』ロバート・マンチ作 乃木りか訳 梅田俊作絵 1997 という絵本が『かしの木の子もりうた』の出版される17年前に出されていることを知り、最後に『LOVE YOU FOREVER』Robert Munsch:文Sheila Mcgraw:絵1986の原書にたどり着いたのです。1冊の絵本が年代を経て変化していく様と同じ絵本が翻訳者と絵が変わることでの物語の大筋は変わらなくとも全く違うものになっていることに驚きました。今回は3冊の絵本の比較から『翻訳』について考えてみました。

1.物語の概要


『LOVE YOU FOREVER』は母親と息子の愛情を描いた物語です。
人生の各段階で息子に子守うたを歌う母親を中心に描かれています。子供の2歳、9歳、そして10代の反抗期に母親はいつもイライラしますが夜彼が眠った後にいつも彼を抱いて子守うたを歌います。それは成年になってからも・。しかし時がたち母親は年老いて息子のために子守うたを歌うことができなくなったとき、息子が母親を抱いて子守うたを母親のために歌います。そして息子は生まれたばかりの娘に母親の歌っていた子守うたを歌います。というストーリーです。

2.著者ロバート・マンチと時代背景


『LOVE YOU FOREVER』の著者ロバート・マンチは1945年アメリカピッツバーグで9人兄弟の4番目として生まれています。1945年は第2次世界大戦の終戦の年でもありアメリカは勝利国としてその後戦後の繁栄を享受していきます。マンチが成長していく1950年代のアメリカの「幸せな家族」としてイメージされるのは庭付きの家に暖炉のあるリビングルーム、頼りになる父と優しい母、元気な子供たちが食卓を囲んで団欒しているイメージであったのではと思います。その後社会が多様化していくのに伴い1960年代以降は非婚、離婚が増えアメリカの家族形態は大きく変化していきます。
 マンチはボストン大学で人類学修士を取得。卒業後イエスズ会の司祭になるために勉強しますが、孤児院や保育園で仕事をしたあと子供たちのために働くことを決意しました。1973年、教育博士号を取得。1975年にカナダグエルフ大学の幼稚園で働きます。そこで彼は子供たちのために多くの物語を作りました。
 マンチと妻のアンは2人の子供を死産で亡くし、その後3人の子供を養子にむかえています。1986年『LOVE YOU FOREVER』は2人の亡くなった子供に捧げる絵本として作られました。この本はマンチの代表作となりアメリカのベストセラーの絵本となりました。アメリカ社会の家族形態は崩壊していても底辺に流れる親が子供を思う心、子供が親を思う心、愛は永遠に続いていくこの物語がその時代に受け入れられた理由なのではと思います。11年後の1997年日本で『ラヴ・ユー・フォーエバー』として出版されました。

3.翻訳について―①表紙とタイトルについて


 タイトルには著作権がないのでその国の読者に合わせて変更ができるとのこと。1986年に岩崎書店から出版された『ラヴ・ユー・フォーエバー』は原画のタイトル『LOVE YOU FOREVER』を日本の読者に分かりやすいカタカナで表現しています。しかし『かしの木の子もりうた』はタイトルが全く違っています。「タイトルの特徴は原作を見事に言い表しているところ」(灰島かり絵本翻訳教室へようこそ 2021 P175)であることが肝心ですが『かしの木の子もりうた』というタイトルは絵をじっくり読み、始めてタイトルと表紙が表していることが理解できます。「かしの木」という新しいモチーフは原作にはなかったものがプラスされています。


『LOVE YOU FOREVER』Robert Munsch文 Sheila Mcgraw絵 1986
『ラヴ・ユー・フォーエバー』ロバート・マンチ作 乃木りか訳 梅田俊作絵   岩崎書店 1997
『かしの木の子もりうた』ロバート・マンチ原作 細谷亮太文 いせひでこ絵 岩崎書店 2014


表紙の絵をそれぞれ見比べてみると、原作は2歳の子供がトイレで我が物顔にいたずらしているところ、『ラヴ・ユー・フォーエバー』は母親が優しく子供を抱いて横たわっているいる姿、そして『かしの木の子もりうた』はかし木の枝のあいだですやすや眠っている赤ちゃんが描かれています。このことから読み取れるのは原作は「子供の本」として子供が興味を持ちそうな絵であるのに対して、『ラヴ・ユー・フォーエバー』は読み手の対象が母親やこれから母となる大人が手に取ってみたくなるような絵になっていること。そして『かしの木の子もりうた』の光に包まれたかしの木とかわいい赤ちゃんの表紙も手に取るのは大人の読者向けに作られたのではと思います。
 

②絵について

『LOVE YOU FOREVER』と『ラヴ・ユー・フォーエバー』『かしの木の子もりうた』の原作と翻訳された絵本で絵が大きく違う場面はそれぞれの成長の段階でこどもが夜眠りについたあと母親が子供を抱いて子守うたを歌う場面と年老いた母親を息子が抱いて子守うたを歌う場面に特徴がみられます。
 原作ではそれぞれの成長の段階で母親がベットに腰かけてしっかりとこどもを抱き上げて子守うたを歌っています。年老いた母親が成人した息子をベットに腰かけてしっかりと抱いているところ、成人した息子が年老いた母親をロッキングチェアに座り抱いて子守うたを歌う場面があります。『ラヴ・ユー・フォーエバー』では母親が息子を抱く場面は窓辺のお月さまや星の光に包まれて柔らかく描かれており、年老いた母親が成人した息子をベットに腰かけてしっかりと抱いているところは明かりが消えた中でふわふわしたやさしさに包まれた描き方をしています。また息子が母親を抱いて子守うたを歌う場面は窓の外の紅葉した桜の木の葉と一緒に描かれています。
 『かしの木の子もりうた』では母親が息子を抱いている場面は赤ちゃんの時だけであとは寝ている子供にそっと布団をかけてあげている描写となり、年老いた母親を息子が抱く場面も息子は寝ている母親に布団をかけてあげているように描かれています。
 このように原作と『ラヴ・ユー・フォーエバー』『かしの木の子もりうた』の絵の違いは母親が子供を抱いて子守うたを歌う場面と息子が年老いた母親を抱いて子守うたを歌う場面にみられます。。
 日本では母親が息子を抱いて子守うたを歌う、という習慣はせいぜい小学生低学年くらいで成人した息子を寝室で抱いて子守うたを歌う、という場面は日本の文化の中で育ったものには想像しがたい場面であるのではと思います。そのような日本人の特徴に合わせて絵が描かれたのだと思います。
 またもう一場面『ラヴ・ユー・フォーエバー』で私がとても素敵だなと思った絵は息子が大きくなって家を出ていく場面を原作では引っ越しの様子が描かれていますが、『ラヴ・ユー・フォーエバー』では桜の木と花びらで描かれているところです。
 翻訳される絵本は原作の物語の文章の訳だけではなく、絵もその国の文化や習慣に合わせて描かれていることが比較することで分かりました。

③『ラヴ・ユー・フォーエバー』と『かしの木の子もりうた』                                                                              
 子守うたの訳の比較


 この本の主軸の子守うたについて2つの訳を比較してみたい。
原作:         a:『ラヴ・ユー・フォーエバー』  
              b:『かしの木の子もりうた』 
I’ll love you forever    a:アイ・ラヴ・ユーいつまでも     
              b:だいじなだいじなわたしのあかちゃん
I’ll like you always    a:アイ・ラヴ・ユーどんなときも     
              b:あなたのことだいすきよ 
As long as I’m living   a:わたしがいきているかぎり      
              b:ずーとわたしのたからもの
My baby you’ll be     a:あなたはずっとわたしのあかちゃん    
              b:すてきなすてきなわたしのあかちゃん
 
『ラヴ・ユー・フォーエバー』訳者の乃木りかさんは1964年生まれ「子どもを幸せにする101の方法」などの訳書があります。『かしの木の子もりうた』の細谷亮太さんは1948年生まれ、小児科医であり俳人でもあります。
乃木りかさんが原作に沿った訳で細谷亮太さんは創作的な訳となっています。「I’ll love」を細谷さんは「だいじなだいじな」、「As long as I’m living」を「ずーとわたしのたからもの」、「My baby you’ll be」を「すてきなすてきなわたしのあかちゃん」と訳されています。
 ロバート・マンチのインタビュー動画を見てみるとこの子守うたをメロディを付けて歌っています。そこで実際に訳された文章で歌ってみると乃木さんの訳の方が原作に近いのでメロディーに乗せやすいことが分かります。
 この絵本の原作は文字を大人が読んで聞かせ、絵を楽しみ、歌い、子守うたとして子供の心に残るように作られていることが分かります。

④削除された文


 原書では表紙をめくりタイトルがあり次のページの見開きの左には奥付けがあり右側には
「To Ann Munsch and
Andrew ,Julie,Tyya,Sam and Gilly Munsch,
and to my Mom and Dad,Thomas John Munsch1912-2005,
Margaret Mckeon Munsch1914-2006」
と書かれています。翻訳本ではこの部分が削除されていますがこの一文からマンチが家族思いであること、また亡くなった子供さんの名前を書かれていることからどんなにか子供たちを大切にしているかマンチの愛情あふれた人柄がにじみ出ているのではと思います。紙面の都合上の削除と思いますが、読者にもそのことが伝わると読み方もまた違ってくるのではと思いました。

4.『かしの木の子もりうた』


『LOVE YOU FOREVER』の翻訳絵本は『ラヴ・ユー・フォーエバー』であり『かしの木の子もりうた』は『LOVE YOU FOREVER』の原作から新しく創作された本としてもよいのではないかと思います。『ラヴ・ユー・フォーエバー』は良く売れていましたが「マザコンの絵本?」というような評価もあったようです。編集者は『LOVE YOU FOREVER』の普遍的な親子の愛情をもう少し違った形で表現できないかと細谷亮太さんといせひでこさんに相談されたいきさつがあるようです。細谷亮太さんは訳者としてではなく作者として紹介されています。細谷亮太さんの小児科医としてこの本を出版する思いがはじめに「いままで出会った たくさんのおとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん。そして、これから、親 になるかもしれない人たちへ」というメッセージが書かれています。そして「かしの木」に母親と成長していく子供たちが見守られていることをいせひでこさんの美しい絵で描かれています。人の愛の永続性から「かしの木」に象徴される自然界の大きな愛に包まれる物語として描かれているように思います。
 子供絵本として書かれた『LOVE YOU FOREVER』が日本で大人の絵本として『ラヴ・ユー・フォーエバー』にそして『かしの木の子もりうた』として生まれ変わったように感じます。時代を超えて国を超えて形を変えて原作者のロバート・マンチの愛が子供たちにこれからも伝えられていくように絵本を読み継いでいきたいと思います。現在でも2つの絵本はそれぞれに売れ続けているそうです。

5最後に


 今回の学びからわたくしたちが普段親しんでいる絵本はそのほとんどが翻訳された絵本であることに改めて気が付くとともにその絵本を日本の文化、読者にあった文と絵に訳されていることを知りました。絵本の翻訳は文章を日本語にするだけではなく絵もその国にあった絵に翻訳されていることも新しい発見でした。
 また絵本は「子供に読ませる本ではなく、大人が子供に読んであげる本」(絵本の力 2001)といわれている松居直さんの言葉がわかってきたように思います。子供は自ら絵本を選べないので大人が絵本を選んで子供に読んで初めて子供に絵本を手渡すことができること。だからこそ良い絵本を選ぶ力を大人がつけることが必要であり、この学びを大切にしていきたいと思います。また大人の声を子供に届けること、絵本は絵と文と声を届けることができる素晴らしい宝物と思います。

参考文献:

「絵本翻訳教室へようこそ」灰島かり 研究社 2021
「絵本の力」河合隼雄 松井直 柳田邦男 岩波書店 2001
「アメリカの家族」岡田光世 岩波書店 2000 


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