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『19歳の私』 平等から考える将来の道筋
平等について考えてみたことがあります。
19歳の時、私は浪人をしました。
理由は希望する大学に入れなかったから。
今でも予備校での日々を思い出すことがあります。
私は考えた。
勉強って本当に意味あるのかなって。。。
能力主義で相対主義の世界で、弱い私は何を軸にして生きてゆけばいいのだろうか。。。
私達人間が持つ平等とはなんなのだろうか?と。
生まれながらにして人間は不平等に生きている。
環境、能力、そして時代の潮流など様々要因が私たちという人間の個体に変化を生んでいる。
入りたい大学に入れもせず、勉強も運動も大した成果も出すことなく、人との繋がりも維持し続けられない。そんな弱いちっぽけな人間だ。
才能、努力、経験も無い自分の脳でそれでも一生懸命考えた。
私が出した結論(人間の平等)は『死ぬ』ことである。
生きている人間はどうやったって死んでしまう。それは自然の摂理だ。
どんなお金持ち・貧乏でも、今をときめくセンスのある天才や凡人も、おじさんもおばさんも、今月100歳になった老人や今日生まれてきた赤ちゃんやでさえいつかその生命活動は停止してしまう。
当たり前のことだけれど、それが人間に与えられた唯一の平等なんじゃないかと私は考える。ではその平等のフィールドを理解した上で私にできることはなんなのだろうか。どうせいつか死んでしまうなら生きている時に好きな事をしまくろう!と考えることもある。
しかし、その思考法は他の人間でも考えられる。私はもう一歩先に思考を持っていきたかった。それはどのようにして死ぬかのビジョンを明確にすることだった。
私が死ぬ時に迎えたいビジョンはこのようになる
『親しい友人と家族に看取られながら温かい部屋で人生の悔いなく死ぬ』
以下の3つが当てはまるよう人生設計を立てるとなるといくつかポイントがあることに気が付く。
①「親しい友人と家族」
②「暖かい部屋」
③「悔いのない人生」
このポイントをそれぞれ達成する為に私が取るべきムーブは
①「親しい友人と家族」→豊かな人間関係の構築
②「暖かい部屋」→死ぬ間際でも用意できる財力
③「悔いのない人生」→挑戦と継続
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