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駄目……、恋心 1585文字♯シロクマ文芸部

朧月になった夜のこと。

私は、親友が片思いをしている男友達の『隼人(はやと)』とたまたま会い、荷物の多かった彼の荷物運びを手伝うことにした。

彼の家に荷物を置き終えて帰ろうとすると、彼に引き止められた。

昨日たまたま通りがかったケーキ屋さんで値引きされていたケーキを買ったが、自分は甘いものが得意ではないから変わりに食べて欲しいと言われたのだ。

この後、私に予定はないし、ケーキという消費期限が短いものを捨てるなんて勿体ない。

それに、私は甘いものが大好きだ。

「………わかった。食べる……」

「…ふっ、ありがとう。珈琲入れるから」

隼人と私が出会ったのは、大学生の時だった。親友の「美優香(みゆか)」とは幼馴染で、大学も同じ、一緒に遊びたい人がいるから付いてきてほしい。そんな親友のお願いに素直に従った私は、この時初めて隼人と出会い、美優香の片思いの相手だと知った。

それが大学3年生の時で、就活をはさみ、24歳になった今でも、美優香の隼人への片思いは続いている。


「はい。どうぞ」
そういうと、隼人は淹れてくれた珈琲と、可愛いお皿に置いたケーキをテーブルにおいてくれた。

「ありがとう…。いただきます」

「いえいえ、お礼ですから。」

ケーキを食べながら隼人と軽いお喋りをする。隼人の声は優しい声で、喋り方も心地の良いスピード。


私は、隼人と話をするのが好きだと思う。


◈◈◈◈

ケーキと珈琲を綺麗に完食、飲み干した私は、帰る支度をして玄関へと向かう。

靴を履いて、隼人の方へと振り返る。

「ケーキと珈琲、ご馳走様でした」

「………美味しかった?」

「うん!とっても。何だか荷物持ちを手伝っただけだったのに得した感じ」

「あははは、そっか、」

『………………………………』

…………少しの沈黙…………


「………っ、それじゃあ、私帰るね」

そんな沈黙に耐えられなくなった私は、玄関のドアノブに手をかけようとした、その時だった……………


バサッ…………………




「………えっ…………?」


私は、一瞬、何が起きたのか分からなかった。けれど、直ぐに状況は理解した。

隼人が、私を後ろから抱き寄せてきたのだ。

「…………っ、隼人……、どうしたの……」

私の鼓動なのか、隼人の鼓動かはわからない。

けれど、ドキッドキッドキッドキッっと
早鐘の様に私の体と耳に響いている。

隼人に後ろから抱きしめられ、隼人のつけている香水の匂いがほのかに香ってくる。

………、駄目……、絶対に駄目…………

駄目…………、

駄目………………、


そう思いながら、私に回された隼人の腕に触れようとした……


その時…………






〜♫〜♫〜♫

玄関の靴箱の上に置いてあった隼人のスマホが鳴っている。

着信相手をみると、そこには『美優香』の名前が表示されていた。

私は一気に冷静になり隼人の回された腕を静かにほどく。

「……あ、」

隼人が私の名前を言うのを私は遮った。

「それじゃあ、またね。隼人」

そう言うと、私は直ぐに玄関のドアを開け、足早に隼人の住んでいるアパートから最寄り駅へと進んでいく。


駄目……、駄目………っ
何してるの私っ…………

駄目なの……、こんな気持ち、持っては駄目……っ、気付いちゃ駄目なの……っ

まだ付き合ってないとか、そんなの関係ない。私の大切な親友の美優香の事を裏切る事なんてしたくないっ。

だから、駄目なの………

だめ……、駄目……だ、め………っ


この気持ちは、封印するの……。



本当は、ずっと気付かないようにしていた、自分の恋心に。
だって、親友の好きな人だから。

恋と友情を天秤にかけるなんて、今の私には出来ない。

だから、駄目。
駄目なの。


茜(あかね)、私、この気持ちは駄目なの。だから、収まって………


私の戸惑いを表すように、朧月は朧月のまま夜空を照らしている。少し薄暗い月は、今の私の涙でグシャグシャな顔を周りに気付かせないようにしている。


私の恋心も、朧月の様に隠れてしまえば良いのに………。


終。







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