雨と恋慕 1365文字【月曜日】#シロクマ文芸部
月曜日の夜。俺は早めにシャワーを浴び冷蔵庫から缶ビールを一缶取り出す。
本当はコップもキンキンに冷やしておいてそこへ冷えたビールを移してビールを飲みたいが、つい忘れてしまう。
俺が今生活をしている場所は一人暮らしをいている家ではなく、例えるなら、学生寮の監督部屋の様な場所で暮らしている。u-25を対象にした野球チームを結成し、そのチームとプロのu-25で試合をするイベントを開催する指揮を取っているのだ。
といっても、俺が発起人なのだから指揮を取るのは当たり前で、資金面や野球施設、その他諸々色々あったが、何とかここまで進んできた。
「はぁ…雨が降ってきたな……」
少し厚い雲が夜空を覆ってきてるなと思っていたが、思っていたよりも降り出しが早い。
寮にある部屋でも、何処にでもある賃貸のアパートの様な部屋の雰囲気。
……住心地はとっても良い。
「……なんか………、思い出すな……」
俺は元々、小学生の頃から大学3年生まで野球一筋の生活をしてきた。高校も大学も野球の推薦で入学した。
けれど、大学生3年生の春、俺は試合中に肘を痛め、『投手』として野球をする事が出来なくなってしまった。というか……投げることが出来なくった時点で、俺の『選手』としての野球一筋の生活は、この時、終わりを告げた。
今まで座っていた少し高めの椅子から静かに立ち上がり、まだ少し残っている缶ビールを、こちらも背の高い丸テーブルの上に置いて窓際へと向かう。
もう投げられなくなった自分に、後悔がなかったと言えば嘘になる。それに、やさぐれ無かったと聞かれれば、それもきっと嘘になる。
どん底まで落ちない様に何とか自分自身を律していたが、俺は、その当時付き合っていた恋人に自分本意に別れを告げた。
きっと、野球を出来なくなった自分は、彼女にとって魅力もなんにもない男として映り、そして失望される………。
彼女の気持ちなど分からないクセに、勝手に自己完結をした俺は、自分が傷付かない為に彼女に別れを告げてしまったのだ。
その時に言われた彼女の言葉は、今でも俺の中に残っている……。
『私はどんな時も、色々な善正(よしまさ)君を見て来たし、野球が出来るって理由だけで、私は善正君の事を好きになったんじゃない。
…………っ善正君は…今まで私の何を見てきてくれてたの……?』
彼女はそう言うと、俺との別れを受け入れ、それっきり大学で会話をする事はなかった。
そんな彼女と再会をしたのは、スポンサー企業との打ち合わせの時だった。
その会社の社長秘書をしていた彼女と、偶然にも再会したのだ。
お互いに『こんにちは』『久し振り』という会話はしたものの、後は社会人としての事務的な会話をするだけに留まった。
気まずいとか…そんな感情は二の次だ。
「……変わらないけれど、前よりもっと綺麗になってたな……」
別れを選んだのは自分で、彼女に言われた最後の言葉は、今も自分の胸に刺さったままで、彼女と別れて以来、俺は自分から恋愛を遠ざけて過ごしてきた。
……けれど、彼女と再会したら最後……
また、あの頃に感じていた感情が引き戻されてくる…。
段々と強くなる雨音に混じるように、自分の気持ちが溢れ、溶け出していく。
俺は雨にうたれる窓を見つめながら、彼女への思いをどうにか紛らわそう、断ち切ろうとしている自分が居るのだった。
〜終〜
こちらの企画に参加させて頂きました。
いよいよ梅雨入りをしましたね。
小牧さん、ありがとうございました。
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