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アイされたいと願うのは

「アンタなんか産まなきゃ良かった」

 僕の頭の中で一番古い記憶、それは母親に言われたこの言葉だった。これは多分3歳か4歳の頃の事、まるでドラマのセリフの様だが、本当にあの時ハッキリとそう言われた。
 辛い記憶の筈なのに僕はその時の母の表情や声色、部屋の散らかり具合や窓に滴る雫まで、今でも鮮明に覚えている。



 今日、僕は味気ない人生に終止符を打つために、とある高層ビルの屋上に来た。

 僕は愛というものがよく分からない、という少し変わった人生だった。父はおらず、母は僕が大きくなってもずっとあんな調子で僕を煙たがっていた、そんな環境が僕をそうさせたんだと思う。
 だから同級生の「好きな人」との話を聞くのもつまらなかったし、親孝行や親のありがたみについても全く理解出来ない。
「好き」だとか「恋」だとか「愛」だとか、僕は全く知らないし、何がいいのかすら分からない。

「愛」ってなんなんだ?人と人とが愛し合って寄り添って生きていく事ってそんなに幸せな事なのか?恋人って、友達って、親って…そんなに大事なものなのか?
なあ、教えてくれよ…!

 屋上で一人、そう問いかけみても答えてくれる人はいない。だって愛を知らない僕を愛してくれる人なんて誰もいないのだから。 

「人は一人じゃ生きられない」
誰かがそんな事を言っていた。その時はそんな訳ない、ならなんで独りぼっちの僕は生きてるんだって思っていた。でも、今ならわかる気がする。
 だって現に俺は生きるのを辞める選択をしようとしているのだから。きっとその人の言っていた事は正しいのだろう。

「そろそろ行くか」
 そう思って僕は柵を乗り越えて僅かなスペースに足を置く。下を見下ろすと、豆粒の様な車が走っている。相当な高さだ、ここから落ちれば確実に僕は助からないだろう。
 結局僕は愛を知らないまま死んでいくらしい。
そう思うと何とも言えない気持ちになった。

 あとは飛び降りるだけ。独りぼっちの僕に今更後悔なんか無い。思い出すら無い。

…ただ少し思い残す事があるとするのならば、
もし人生が一からやり直せるのだとするのならば。

「…一度でいいから、愛されてみたかったな」

 その言葉を最期に僕ははるか下にある灰色めがけて飛び込んだ。

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