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【長編】First Love 第二十二話 ② 未来を掴め

 五 試合ゲーム目は、ゲーマーの意地と意地がぶつかりあう壮絶な戦いになった。一ラウンドはタイムアップぎりぎりで新太がKOを奪取、勢いに乗って勝利に王手をかけたものの二ラウンド目、神谷が驚異の粘りをみせた。

 新太の鉄壁の防御をかいくぐり、針の穴を通すようなテクニックで連続技をヒットさせKOを奪い返してきたのだ。完全なイーブンとなり、泣いても笑っても次のFinalラウンドですべてが決まる最終局面を迎えた。割れんばかりの大歓声が会場を包み込む。 

 痺れるようなギリギリの攻防のなか、逆境にもプレッシャーにも負けないメンタルの強靭さ。最後まで絶対に勝利を諦めないねばり強さ。

(すげえな大介さん。やっぱり半端なく強い)

 新太は神谷のゲーマーとしての飛びぬけた高い能力に改めて感嘆すると同時に、その底力をまざまざと見せつけられた気がした。まさに彼が王者たるゆえんだ。

 新太は胸を大きく上下させ呼吸を整える。ヘッドフォンを一旦外し、リセットするように首をふったその時だった。客席にいるさくらを見つけた。

 祈るように両手を固く握りあわせ、眉を寄せ、あの黒目勝ちの瞳で新太をまっすぐ見つめている。思わず口元が緩む。彼女のすべてが、どうしようもなく心に響く。ただただ愛おしい。

 (俺は一人じゃない。さくらさんと一緒に戦ってる)

 余計な力が抜けすっと背筋が伸びる。愛しい人とこれからずっと一緒にいるためにも、どうしたって神谷という大きな壁を越えていかなくてはいけない。新太は思い出す。さくらを本気で好きだった男から言われた、本気のエールを。

『今度のEVCは絶対取れ!』

 司は微笑んでいたけれど、目は真剣だった。彼の気持ちすべてが、あの言葉に集約されていた。今、この場面をネット中継でみているかもしれない。

 (わかっているよ、三井さん。このラウンド、絶対落としたりしない。たとえどんなに大介さんが強くても)

 身体の内側でたぎる熱を宥めるよう吐息をつく。ヘッドフォンをつけ直し、もう一度モニター上に意識を集中させ、自身が操るキャラクターとシンクロしていく。背中がぞくぞくするほどの興奮と、冷静であろうとする理性。どちらも最大級にシビアになるだろう最後の勝負を待ち望んでいる。新太は微笑む。

 何も、怖くない。

『Final Round! Fight!』

 場内アナウンスともに最終ラウンドが始まった。

 体力ゲージを少しずつ削りあう探りあい。お互いに絶対に隙を見せない。そんな張りつめた空気の中、牽制がしばし続く。

 硬直した空気を先に動かしたのは神谷だった。絶妙なタイミングで新太からの攻撃を振り切り、懐に飛び込んでくる。そこから連続技、そして超必殺技であるクリティカルアーツを一気に仕掛けてきた。

 この大技は体力ゲージとは別にあるEXゲージを目一杯消費しないと使えない。もし外せば技をかけたほうがダメージが大きく、隙もできてしまう。ただし、まともにヒットすれば、相手の体力ゲージをがっつり削り、勝利への大きなアドバンテージになる。ハイリスクハイリターンの大技だ。

 神谷のEXゲージがフルなのはわかっていたから、警戒していたにも関わらず、新太の防御よりもコンマ数秒、神谷の仕掛けのほうが早かった。その超必殺技をまともに食らい、新太側の体力ゲージは一気に減った。

(やっぱりこれが大介さん、だよな)

 新太は苦笑して、横目で自分側の体力ゲージとEXゲージを確認する。EXゲージはフルだが、体力ゲージのドットは大幅に削られ残り少ない。ゼロになった瞬間ゲームオーバーなのだから、かなり不利な状況なのは間違いない。新太は吐息をひとつつく。

(だけどまだまだ。起死回生の一撃を決めればわからない!)

 頭はちゃんと冷えている。瞬時にこれからすべきことをシュミレートする。勝利の鍵は、新太がどのタイミングでEXゲージを使った大技を叩き込むかにかかっている。しかも確実に相手に当てるためには至近距離でやらなくてはならない。もし不発に終わったら即自滅だ。

 体力ゲージの差から、至近距離での戦いは圧倒的に新太が不利。ガードをしたとしても、すぐに体力を削られてあっという間にKOに持ち込まれてしまう。相手の攻撃を無力化できるブロッキング技術でかわして近づき、そこから大技を繰り出す。けれどそのブロッキングが至難の技だ。

 神谷が技をしかけてくる発動エフェクトから、ブロッキングコマンド入力猶予は六〇分の一秒。正確に入力しなければ、硬直したまま生身をさらけ出して、カウンターを浴び一発KOだ。連続して成功させるのは、技術的にかなりの難易度を伴う。

(それでもやる。やれる!)

 新太は乾燥した唇を軽くなめる。神谷のキャラクターの動き、リズムを穴があくほど見つめタイミングを見定める。

(よし今だ! 行け!)

 新太は一気に距離を詰めた。当然神谷のキャラクターはとどめを刺そうと襲いかかってくる。激しいパンチ、キック、飛び道具の応酬。新太はそのすべてを、正確なコマンド入力で次々とブロッキングしていく。一発でもまともに技を浴びたらKOされてしまう新太の体力ゲージ。そのドットは減らない。会場がどよめく。

 観客たちの大歓声が、遠い場所から響いてくる地鳴りのように聞こえる。そう思えるほど、新太のまわりは静寂に包まれていた。異様なほどすべてがクリアだった。新太の目には、飛行機が着陸する時にみえる誘導灯のように、これからすべきことが、全部指し示されているように映った。

 一フレーム、六十分の一秒というコマンド入力時間すら、長く感じる。そのスローモーションみたいな世界で、新太はゆっくりと神谷のキャラクターに近づいてゆく。

 神谷側の動きもすべて見えた。これからどう動くか手に取るようにわかる。パンチを避けたあと、コンボコマンド入力へ。連続キックが神谷のキャラクターにがっつりヒットし大きなダメージを与えた。

(次!)

 その手応えの余韻が消えないうちに、EXゲージを目一杯使って複雑なクリティカルアーツコマンドを一寸の狂いのないタイミングで叩き込む。

 わずかな間のあと。

 新太の使うキャラクターが画面いっぱいに登場してポーズをとった後、超必殺技が炸裂する。それが太い光の帯になって神谷のキャラクターに一気に突き刺さった。彼は大きくのけぞって、後ろに吹っ飛んで倒れた。画面に浮かび上がるKOの大きな文字。

 場内の空気をも揺るがすような割れんばかりの歓声と拍手で、新太ははっと我にかえった。

(勝った?)

 ヘッドフォンを外すと、場内はスタンディングオベーションだった。歓声が鳴り止まない。呆然と会場を眺める。現実から隔てられた薄い膜に包まれて、そこから外界の興奮を見ているような気がした。その膜を破ったのは神谷だった。いつのまにか新太の横に立って苦笑していた。

「おめでと。完璧にやられたわ」

 新太もすぐ立ち上がると、神谷がすっと手を伸ばしてきた。新太もその手を握りしめ頭をさげる。

「ありがとうございました」

 神谷の手の熱さを感じて、ようやく現実味が帯びてきた。神谷は鼻の頭にちょっと皺を寄せて苦笑した。

「今日のお前、一体なんなの? ちょっと神がかっていたんだけど。最後は手も足も出なかった。これもさくらちゃん効果?」

 新太と神谷は同時に客席のほうへ視線を投げる。神谷が穏やかに笑った。

「お前の勝利の女神、泣いてる」

 さくらが満面の笑みで、拍手しながら涙をこぼしていた。新太と目があうと、手の甲で涙を拭い恥ずかしそうに微笑んだ。それをみた新太の身体が勝手に動き出す。自分でも止められない。

 「あ、おい! 新太!  インタビューは?!」

 背中に神谷の声を聞きながら、新太は舞台から飛び降りた。

(前にも同じことしたよな、俺)

 懲りない自分に笑いを噛み殺しながら、客席がどよめくのも構わず走る。一気にさくらの目の前までくると、涙で真っ赤になった目を大きく見開いて新太を見つめていた。

「あ、新太くん?!」

 腕を引っ張って通路のほうにまで引き寄せ、強く抱きしめた。

「さくらさん、俺、勝った」

 弾んだ息のまま囁く。さくらは新太の顔を数秒じっと見つめたあと、くしゃりと表情を崩して泣き顔になった。ぽろぽろと大粒の涙を零して何かを話そうとしているけれど、涙に邪魔されて言葉が中々でてこない。

 新太がそっと頭を押さえて、自分の胸のなかにさくらの泣き顔を隠す。他の人間には見せたくなかった。

「ありがとう」

 万感の想い、そのすべてをこめてさくらの耳元で囁くと、新太の胸に顔を埋めて嗚咽しながら、さくらは何度も頷いた。二人のまわりには幾重も人の輪ができて、拍手や祝福、歓声が飛び交う。

 新太は腕のなかにいる愛しい人の、震える背中を何度も何度も優しく撫で続けた。

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