【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第12話 切なくさせる人 ⑩
彼が私を穏やかに見つめているから。ここしばらく胸を疼かせていたことを、そっと舌に乗せてみる。
「しばらく誰ともつきあっていなかったって、言ってましたよね。それは……彼女のことが忘れられないから、長い間誰ともつきあわなかったってことなんですか?」
彼にとってそれくらいの存在感をもつ人だとしたら。私なんて到底敵うわけがない。おそるおそるそう聞いて大介さんの表情を窺う。
彼は昔を思い出すように、視線を遠くに漂わせる。そんな何気ない仕草でも、じっと見つめてしまう。彼のなかにいる彼女を探すように。私の視線に気づいて、柔らかな笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「忘れられないから、じゃないよ。あの頃俺は、プロとして活動しはじめたばかりで、自分のことだけで、いっぱいいっぱいになっていたんだ。早く独り立ちしなきゃってね。彼女はそんな俺を支えてくれていたんだけど、きちんと向き合うことができていなかったんだな。
彼女がどんな気持ちでいるか気づけず、幸せにしてあげることができなかった。それで決めたんだ。ゲーマーとして現役でいる間は、中途半端に女の子とつきあったりしない。ゲームに集中するって……」
幸せにしてあげることができなかった。
そのフレーズが頭の中で反響して、他の言葉は頭にはいってこなくなる。彼女が大介さんにとって特別な存在だったということは間違いない。想像はしていたけれど、直接彼の口からそれを聞いてしまうとどうしたって落ち込んでしまう。油断したら涙まででてしまいそう。それを見せないために、さりげなく視線を落として俯く。両手で頬を包み込まれて、顔をゆっくりとあげさせられてしまう。
「そんな顔をしないで。俺、適当なことって言えないから、それで理名がショックを受けたのなら謝るけど。でもそれって俺もショック」
そういって困ったように笑う人をみる。
「え? どうして……」
「俺の話、ちゃんと聞いてくれた?」
「ちゃんと彼女を幸せに、してあげられなかったって」
「あーー、やっぱりそこで思考停止してる」
私の髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜて苦笑する。
「そのあとの話、聞いてた?」
戸惑う気持ちのまま彼を見上げると、今度は両手で私のほっぺたをむにゅっとと軽くひっぱって笑った。
「理名のこと、本気だからつきあってる。この十年ストイックにやってきた決意がぽっきり折れちゃうくらいにね、ってトコ」
もう一度ぎゅっと抱きしめられて。その暖かさに安心して、ようやく泣き笑いみたいに笑ってしまう。大介さんも何度も言わせないでよ、とわざと拗ねたように言って笑う。
二人で笑いあう幸せ。だからこそ気づく。彼女との別れを経たから、彼はきちんと私と向き合おうとしてくれているのだと。彼女の存在の大きさを感じてしまう。大介さんを変えたひと。切なげに私を見つめていた彼女のあの瞳。誠実なこの人をも動かしてしまうかもしれない。それは根拠のない予感なのに。
「大介さん」
「うん?」
「もう彼女に会わないで。お願い」
彼の胸に顔をうずめながら囁いた。こんなにも暖かくて優しい腕のなかにいるのに、なぜか胸騒ぎがして仕方なかった。彼がどこかに行ってしまいそうな気がして、背中にまわした腕にぎゅっと力をこめた。