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今村夏子『こちらあみ子』読書感想
大好きな今村夏子さんのデビュー作です。
でも、あんまり読み返したことはないんですよね。読んでいるとつらくなるというか……それだけ訴えかける力が強い作品です。
今回はそんな『こちらあみ子』の感想を書いてみようと思います。
作品紹介
あみ子は、少し風変わりな女の子。
優しい父、一緒に登下校をしてくれる兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。
純粋なあみ子の行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示したデビュー作。短編「ピクニック」「チズさん」を収録。
こんな人におすすめ
◯子供をもつ親世代
◯独特の世界観に浸りたい人
◯無垢な視点に触れたい人
感想(※以下ネタバレを含みます)
あみ子の視点
最初に感じたのは、「ほんとうにあみ子の視点になったみたい……!」でした。
描写はもちろんですが、展開の仕方がリアルなんですよね。
例えばここ。
普段なら雑草生い茂るこの斜面だが、先週近くの寺の坊さんがついでだからと言って草刈機を巧みに操り、撒き散らすようにして刈ってくれた。おかげで見違えるほどさっぱりし、あるくときにもちくちくしない。坊さんには祖母が丸めた緑色のだんごを持って帰ってもらった。
短い坂だからすぐに上り終える。
この持っていき方、新鮮でした。普通、この流れだったら「あみ子は短い坂を上った」とかにしそうじゃないですか?
なんでこういう風に書かれているんだろうと考えてみて、それは徹底的にあみ子の視点に寄り添っているからなんじゃないかと思ったんです。
あみ子は先週の出来事を思い浮かべながら、斜面を歩いていましたよね。お坊さんにだんごを持って帰ってもらったところまで思い出した時点では、もう坂を上り終えているんです。
だから、「短い坂だからすぐに上り終える」なのかなあと思いました。
リアルタイムであみ子と視点を共有しているような臨場感に、一気に心を奪われましたね。
無垢であるということ
無垢であるということは、時として残酷です。それ故、あみ子は母を傷つけてしまいました。
「これに、弟のおはかって書いて」
ああ……やめてくれ……
あみ子に悪気がないのがまた、苦しいんですよね。母が泣き出しても、全くその理由が分かりません。
それを、父も兄も説明しようとしないところが生々しかったです。「説明しても分からないことが分かっていた」んですよね。
兄が不良になるのも分かるような気がしました。
無音のトランシーバー
あみ子が必死にトランシーバーに話しかける場面は印象的でしたよね。
「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子」
私はこの場面で、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』を思い出さずにはいられませんでした。
52ヘルツのクジラとは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一匹だけのクジラです。
何も届かない、何も届けられない。そのため、この世で一番孤独だと言われているそう。
この孤独なクジラとあみ子とが重なって、切ない気持ちになりました。
あみ子の変化
だからあみ子は言葉を探した。その目に向かってなんでもよかった。やさしくしたいと強く思った。
終盤でこんな場面がありましたよね。
クラスメイトの優しさに触れて、あみ子の心が少しだけ動いたように感じました。
しかし、その思いを伝えることはできなかったんですよね。卒業してしばらくすると、そのクラスメイトのことすら忘れてしまいまいます。
結局、あみ子は社会から隔離された場所に追いやられました。あみ子なりに生きてきた数十年が否定されたようで、心が痛みましたね。
では、あみ子の半生は無駄だったのかというと、そうではないと思うんです。理解されないながらもあみ子なりに過ごした日々は、きっと誰かの心に響いているのではないでしょうか。
少なくとも私は、その1人です。
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