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スマホ時代の紙の新聞価値①

〜紙の新聞は個人バイアスがかかりにくい〜

 インターネットの普及による情報インフラの整備が進み、そこにユーザーインターフェースとしてのスマートフォンが組み合わさった時に情報の革命が起こったと言えると思います。

 情報の主体は一部のマスメディアから、個人個人を含めたものとして大きく変動しました。

 それに伴って情報の収集手段も多様化し、紙の新聞の減少が止まらない状況です。
 下記は(一社)日本新聞協会の集計した全国の新聞発行部数です。
 これによると2000年に5370万部を超えていた全国の新聞発行部数は、2022年には3084万部と、20年間で実に40%以上に当たる
1300万部も減少しています。

 今後も新聞発行部数の傾向は続くと思います。

 しかしながら、本日はスマホ時代だからこその紙の新聞価値を論じてみたいと思います。

 スマホ時代での紙の新聞の価値の一つは、紙媒体だからこそ個人的なバイアスがかかりにくいということだと考えます。

 どういう意味かと言うと、スマホなどに表示されるデジタルデータは、個人の属性やエリア、嗜好までもがトラッキングされていて、表示される情報や広告などの全てが、受け手の個人に最適化されます。要するにスマホに表示する前に情報の取捨選択を既に行われたものが表示されます。自分の興味のあるものに情報の表示が偏っていくために非常に素早く効率的に好きな情報を収集できる一方で、興味の無い情報には触れにくい構造になっていると言えます。

 その点で新聞は、新聞社ごとの編集方針などの大きな視座のバイアスはあるものの、受け手の個人のバイアスは関係なく目の前に情報が展開されます。

 これにより、世の中の情報に好き嫌いに関わらず満遍なく触れることが可能になり、情報のバランス感覚を保つことができると考えます。

 また、自分の好き嫌いに関わらず、様々な情報に触れることが出来るので、情報のセレンディピティ(偶然の出会い)が起こりやすく、アイデアなどを生み出す可能性が高まると考えます。

 個人の属性や嗜好などをトラッキングされない、アナログメディアだからこその、情報活用における利点が紙の新聞にはあると考えます。

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