【エッセイ】男のにおいと警察―男性向け香水に好意的な理由

 先日、大学院の仲間と一緒にとある洋食店に入った。昼時ということもあってか、また店内の瀟洒な雰囲気もあってか、客は女性が多かった。中年の婦人たちは家族の話を、子連れの母親は子どもの様子に気を配りながらママ友との話に花を咲かせ(ベビーカーにのった女の子に向かってこっそり頓狂な顔をしてみたが、笑ってもらえなかった)、大学生くらいの女の子たちは恋人の愚痴や友人のちょっとしたスキャンダルを交換し合っていた。
 食事が終わって少しくつろいでいたのだが、トイレに行きたくなって席を立った。トイレは男子トイレと女子トイレに分かれていた。男子トイレに入ると、ショッキングピンクの壁に三方を囲まれた。便器は黒だった。なかなかヴィヴィットなトイレだな、と思った。そして、小用を済まそうと便器の前に立つと、目の前にシャネルの香水の油絵が額縁に納まって飾られていた。シャネルの香水と僕の…。何という対比的な組み合わせ。液体という同じモチーフで繋がるかもしれないが、どんなシュルレアリストもこんな組み合わせが無意識から湧き上がってくることはないだろう。
 それにしても、男性用のトイレにも香水の絵画が飾られるのか、と思った。でも考えてみれば、変な話でもない。男性も化粧をしたり、美容に気を遣ったりする時代だ。男性向けの香水も女性ほどではないが広まりを見せつつある時代では、確かに男子トイレに香水の絵を飾る感覚もミスマッチとは言えないだろう。
 僕は、男性の最近の美容事情には疎いし、男性が化粧をすることにもまだ抵抗があるけど、不思議と男性向けの香水に関しては好意的なのだ。友達に話すと意外に思われるのだ。
 夏になると汗をかく。汗をかくとそれなりに臭いも気になる。だから薬局とかに行って色々と臭い対策のグッズを物色するわけだ。そうしてみると、今までの男のにおいについての認識が色々と見えてくる。
 女性向けの臭い対策は、バリエーションが豊富だ。嫌な「臭い」を防ぐためのものもあれば、香水などをつかって好きな「匂い」をまとわせるためのものもある。「匂わせる」となると、もはやそれは防臭の範疇を越えている。防臭プラスアルファの何かが女性の方にはあって、においを自発的に統制するための供給が充実している。ということは、女性に関して言えば、自分が意図せず発する「臭い」、もしくは意図してまとわせる「匂い」を統制することに対して、かなり積極的なわけだ。
 だが、男性向けになると、「防臭」あるいは「消臭」しか、自分のにおいを統制する手段が供給されていない。せいぜい汗拭きシートか制汗剤止まりだ。つまり、男性は自分のにおいを統制することに対して、結構消極的な働きかけにしか興味を示さない、あるいはそんなイメージがまとわりついていたと言えるんじゃないかな。
 よくテレビドラマとかで、「警察は事件が起こってからしか動かない」みたいなセリフを聞くことがあるけど、男のにおいというのはまさにそれだ。男は臭ってからが勝負。「あの」警察と似て(実際の警察がどうかは知らないから「あの」と付けておくけど)、臭ってから、事件が起きてからやっと犯人の頭を押さえにかかろうというわけだ。
 僕は、男が自分の臭いに対して警察的な手段しかとれないというバリエーションの乏しさに比べれば、自発的にプラスアルファの働きかけをして、自分のにおいに対して積極的統制が可能になるということは、結構面白いことだと思っている。その面白さゆえに、男性向けの香水には、結構好意的な意見を持っているわけだ。
 と言っても、僕はその手の香水を一つも持ち合わせていないわけだけれども。財布に余裕があれば、一つくらい買ってみようかなとも思う。自分のにおいに対して積極的に働きかけようとすることは、未知の体験だし、結構面白そうに思える。

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