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【連載小説】『晴子』5

 大学も敷地内禁煙なんかやめてしまえばいい。
 正門前で煙草をふかしながら、俺は正門から出ていく学生をにらみつけていた。といっても、俺も奴らと同じ大学に通っているわけだが。
 大学時代を人生の夏休みと言う馬鹿が世の中には多数いるが、大学生活なんて夏休みよりも退屈だ。授業は何一つとして面白いものはないし、課題だって上手くやれば簡単にちょろまかせる。レポートもテストも、暇な知り合いに頼むか、同じ授業を受けた先輩に頼むかすれば、去年のレポートやテストの過去問をもらえる。
 難しいことなんか何もない。教授陣だって、俺たちのテストや課題を真剣に見ているわけがない。きっと、こっち側の処世術も見抜いているだろうが(ともすれば、かつて彼らも学生時代にそうした処世術に長けた者であったかもしれないが、ならばなおさら、そうであるが故に)不問に付しているのが現状だ。余裕過ぎる。夏休みの宿題の方がまだ大変だった。
 イヤホンからは、John Lennonの声が聞こえてくる。大学の正門の傍らで、こうして大学から出てくる人を眺めていると、あのJohn Lennonをぶち殺したあの男も、アパートの前でこうして彼を待っていたのだろうかという気がしてくる。最も、俺が今ここにいるのは、別に誰か暗殺対象を待っているからではなく、敷地内禁煙を大学が定めたからなのだが。
 大学に通う学生も、つまらない奴ばっかりだ。誰も彼も口を開けば出てくるものは同じだ。恋愛とセックスの話。それから、金がないという話(関連してバイト先の愚痴)。あと酒の話。どれもつまらない。退屈だ。ゾクゾクしない。よくも毎日こんな退屈で、同じ話ばっかりしていられる。
 どいつもこいつもバカばっかりだ。それも一番救いようのない性質の面白くないバカだ。大学で知り合うつまらないことを何倍にも誇張して話す連中に飽き飽きしてきている。
 暑い日が続いている。夏の入り口で最近セミが鳴き始めた。うるさくて、うんざりする。——セミだ。そうだ。アイツらなんて、セミと大して変わらないじゃねえか。交尾のためにデカい声を出すだけで短い大学生活を終えていく。まるでセミじゃないか。
 煙草を下に叩きつけて、踏みつぶす。学内禁煙を推奨している大学の一番の懸念は、大学周辺に落ちる大量の吸い殻だ。まあ、俺には関係ない。そんな話なんか、もっとゾクゾクしない。
 ジーンズのポケットの中で携帯が震えるのを感じた。バイト先の店長からだ。イヤホンを外して、電話に出る。
「もしもし。竹下君?悪いんだけど今日さ、夕方からシフト入れないかな?」
 店長の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。バイトで急にシフトに空きができたらしい。面倒くさい。正直そう思ったが、愛想だけは崩してはいけない。それに、今夜もどうせ暇だろうし、断る理由なんてない。金も入るわけだし、ないよりはあるに越したことはない。
「いいですよ。5時からなら、全然いけます。」
 声だけは愛想良く返事をした。何も知らない人がこの状況を見たら、表情と声音の不一致に怪訝な顔をしただろう。
「ありがとう、竹下君。本当に助かるよ。じゃあ、17時からね、よろしく。」
 やたら人の名前を呼ぶ癖のある店長はそう言って、電話を切った。
「あ~、マジかったりぃ。」
 空を見上げて、小さくそうつぶやいてみた。

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