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【連載】しぶとく生きていますか?㉙完

 茂三は思う。

 自然のなかで泥臭く生きている人たちは、否応なく人間以外の生き物たちとの関わりが多い。ある時はヒグマに恐怖と憎悪を抱き、トッカリやゴメにさえ反目し、時には人間同士で憎悪を繰り返す。
 この世を生きる人間は、自然界の生き物に対して、友情と理解を注いでいかなければならない。

 ここ襟裳で生きる人たちの心根は純朴であり、自然のなかで生きとし生けるものすべてに限りない愛情を抱きながら暮らしている。口数は少なく、表情が豊かで大らかな襟裳の人たちなのだ。

 また茂三は、次のように考えを深めていった。

 この地球上の森羅万象は無常だ。それにもかかわらず人間は「不変」を信じ、そこに執着し、核使用による戦争などで、自らを滅亡に追い込んでいる。

 人間の煩悩を生み出す生命の内奥を変えていかなければならない。茂三はそこで思考を止めてしまった。どうしてもそれ以上、生命の内奥を変える術を見いだせなかったのだった。

 だが茂三は諦めない。必ず見いだせる時が来ることを信じていた。例えば、アイヌ民族の智慧・理性を大いに参考にすることが必要になってくる時代が必ずくると思った。

 

 その二年後の昭和二十五年六月、仮設住宅に住んでいた人々は、庶野に住まいを変えた。

 時は流れる。無常の強風が吹きすさぶ。

 襟裳の人々は、自然の驚異に立ち向かい、その自然から様々なことを学び、しぶとく生きていくのだった。

 茂三は町会議員に立候補し、当選した。そして、あの約束、つまり人間同士の醜い争いをストップさせることに挑んでいったのであった。彼の力は米粒のように小さかったが、草の根の対話とアイヌの智慧・理性で地道に忍耐強く、しぶとく、その運動に生涯をかけたのだった。

 

 二〇一一年に完成した『えりも黄金トンネル』によって、旧黄金道路(国道三三六号線)は、新しい道路となり、フンコツ(白浜)の集落があった場所は、いまは、その新黄金道路の下である。

                              了

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