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ゴメが啼くとき(連載16)

 その夜のこと、文江の家の玄関戸を叩く人がいた。
 犬小屋で犬が吠えた。その声に混じり、
「上嶋さん、上嶋さん!」と呼ぶ男の声だった。明日は皆早起きのため、九時には寝床についていたのだった。
「今時分なんだろう。夜の十一時だよ」と言いながら、眠い目をこすりながら文江が出た。
 玄関先に二人の警察官が立っていた。年配の警察官と若い警察官だ。
 年配の警察官が、
「上嶋さんですか?」
「はい、上嶋ですが、何かありましたか」
「こちらに文江という人はいますか?」
「はい、わたしですが」と文江は、寝間着の襟元を押さえながら応えた。
「堀江さんのことで、あなたに聞きたいことがありまして」
「堀江さんのこと?」
「これから、幌泉の派出所まで同行願います」と、年配の警察官が、文江に言った。その態度には、有無を言わせぬ凄みがあった。

 何があったのかと、家の者が起き出してきた。義父が警察官に、
「ご苦労様です。うちの文江が何かしましたか?」と尋ねた。
 警察官が言うには、
「実は本日、午後九時半ごろ、堀江家の長男が帰宅すると、家にいた三人つまり、ご両親と娘さんが死んでいるのが発見されましてね。堀江さんの近所の方の証言で、こちらの家の文江さんが、六時半頃まで居たらしいとのことで、重要参考人として、これから同行願います」
 義父は、内心驚いたが、その素振りを見せず、
「落ち着いてな。事実を話すんだぞ」と、低い声で文江に言った。
 母のハナは、不安顔で、「気をつけてね...…」というのが、精いっぱいだった。弟妹たちは、熟睡していたと見えて、起きてこなかった。
 文江の顔は、突然のことに、驚きで真っ青だった。
 辛うじて、一旦奥の自分の部屋に行き、着替えをして、また玄関に出てきた。そして、警察車両に乗せられ、幌泉に向かったのだった。
 

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