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【連載】しぶとく生きていますか?➀

私が生まれた北海道の襟裳岬周辺を舞台とした小説です。
襟裳の厳しい自然に立ち向かう、主人公の男の生きざまを通して、「生きる」「しぶとく生きる」とは、どういうことか、を問いかける作品です。全29回になる予定です。


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 ここ襟裳えりもは、大自然に恵まれた地である。札幌から襟裳岬までは二三四キロメートルほどもあり、車で約四時間半を要する。この岬は一年中、風が吹いている。
 
 昭和十年四月末、春まだ遠い北海道襟裳の海岸での出来事であった。
 襟裳岬から広尾に向かった黄金道路のフンコツ(現白浜)で、クジラの死骸が打ち上げられていたのだ。その場所は、隧道(トンネル)の横(庶野しょや寄り)の岩場であった。
  昨日までの襟裳岬沖を通り過ぎた低気圧の影響で、太平洋は荒れていた。
 その日の朝早く、昆布拾いをしていた茂三がそのクジラを見つけた。
 クジラからは腐敗臭が、その周りに漂っていた。
 いつもの朝に比べその日は海鳥の鳴き声が賑やかであった。
 茂三は、フンコツ(現白浜)に入植した家族持ちの男で、苗字を加藤といった。
 その茂三が、クジラの死骸のそばで何やら動いているものを見たのだった。
 なんだろうと眼を擦ったが、まだ暗さの方が勝っていてよく見えなかった。
 暫く佇んでいると、空は幾分明るくなってきた。茂三はその黒いものが朧げにヒグマのようにも見えたが、辺りはまだ薄暗く確認できなかった。

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