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【連載】しぶとく生きていますか?⑪

 昭和十一年の夏、茂三はそのころ、柳田國男の『野鳥雑記』を読んでいた。茂三はよく本を読む。小説からエッセイ、伝記もの、ファーブル昆虫記、シートン動物記など古今東西の書物を読む。茂三は読書によって得られたものは、貴重な財産だと思っている。
 読書で得られた知識を、普段の会話でも生かされ、思考の糧となるような気がするのだ。人間と自然との共生や人間の内面の問題も本のなかの文章によってヒントを得られるような気がするのだった。自分に難しいもの、低俗なものには、あまり興味がなかった。そういう本は途中で読むことを止めてしまう。
 その日も読書に疲れ、気晴らしにというよりも頭を整理するために庶野にでかけ、居酒屋で飲んだ茂三は、フンコツの家に自転車で戻ったのが夜も遅い時刻だった。

 次の日の朝は、カラッと晴れた良い天気だった。
 茂三は昆布拾いのため、家の前のフンコツの海岸を歩いていた。しかし流れ着いた昆布は小さいものしか流れ着いていなかった。波打ち際の浜辺には、たくさんのゴミも打ち寄せられている。浮子やら網、それに木製のバナナフロート、クジラやトッカリ(アザラシ)の骨、ヤシの実など様々な漂流物が打ち寄せられていた。
 ここ襟裳岬の沖合には千島海流(親潮)が流れている。風の影響もあり様々な物が、百人浜やフンコツにも流れ着くのだった。
 茂三はそれらの漂流物を横目に見ながら、ドンドン岩へ向かった。その日は、風が強く吹いていた。風が強い日は、荒波が立ちやすい。注意しなければと思った。

 波が打ち付けている岩場に取り付いた。そこには昆布が群生している。茂三は体の半分ほどを海中に入れ、昆布を左手で掴み、右手に持っていた鎌で根の近くを切り裂いた。その時、大きな波が茂三を襲った。
 あっという間もなく、茂三は波に流され沖に引っ張られて行った。強い波の引きには、茂三がどうあがいても勝ち目はなかった。
 どんどん沖に流されていった。そして茂三の体力を奪っていった。そしてついに力尽きて気を失った。

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