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ゴメが啼くとき(連載17)

 文江が幌泉の派出所に着くと、出涸らしのお茶が出てきた。
 気が動転して、お茶を啜ることも出来ない文江だった。
 文江は年配の警察官から、堀江家に行った時のことを、様々聞かれた。

「本当に三人は殺されたんですか?」と文江が聞いた。
「そうだ」
「刺されたんですか?」
「いや、死因はいまのところ毒饅頭のようだ」
「え? わたし、饅頭買って持って行きました」
「どこで買ったのだ!」
「上歌別の、中田雑貨店です」
「本当か? 嘘をついたら、ダメだぞ!」
「本当です! 嘘なんか、ついていません!」
 饅頭には、トリカブトが練り込んでいたらしい。
 文江は、取調べに対して応えながら、
(信子が死んだ! どうして? 一番仲の良い信子が・・)と心の中で反復した。

 翌日(月曜日)の朝方まで取り調べられ、警察車両で文江は、自宅に戻った。文江は疲れ切っていた。
 義父とハナは、文江が家に戻ったことに、安堵した。
 二人は文江を信じた。堀江の父母そして信子を、文江が殺すはずがない。

 文江は、自宅に戻っても、事件のことが気がかりで、まんじりともしなかった。
 昨日、饅頭を買った時からの自分の行動を反復してみた。

 上歌別の、中田雑貨店で饅頭を十個、箱詰めにしてもらった。そして信子の家に行って、茶の間で暫く信子と雑談。その時、信子の家にはおじさんとおばさんもいた。
 裕介だけが留守だった。
 裕介のことで、気になることが無かったか? 
 そういえば、堀江のおばさん曰く、
「今朝、裕介がひょっこり一カ月ぶりに帰ってきてね。
 息子のいつもの態度と違って、真っ当な人間になると言うもんだから、嬉しくなったよ」と、話していたのだ。
 文江が聞いた。
「おばさん、どんな話だったの」
 おばさんが言うには、裕介が、
「俺、ヤクザから足を洗うつもりだ。真っ当な仕事に就く。皆に、これを持ってきた」と言って、白いカプセルが入った小瓶をポケットから取り出し、
「お袋が体がしんどいと言っていたのを思い出し、これを持ってきた。今晩、三人で、寝る前にこれを一錠づつ飲めば、あす月曜日の仕事が楽になる」と、十粒のカプセルが入った小瓶を置いて行ったらしい。
 そして、裕介が帰り際に、こう念を押したそうだ。
「寝る間際に、三人同時に飲むようにな。そうすれば、翌朝スッキリして、三人同時に目が覚めるから。必ず三人一緒に、飲むんだよ」
 三人は、裕介の最後の言葉に、なぜ疑念を抱かなかったのか? 三人同時に飲むことを.…。
 そういえば、文江は、堀江のおばさんから、そのカプセルを一錠貰っていたことを思い出した。ポケットを探った。  あった!
「飲まなくてよかった!」
「これだ!」 と文江は直感した。饅頭ではない。
 このことを警察に知らせなければと気がせいた。
 しかし、よりによって、なぜ、おじさん、おばさん、そして信子の三人が同時に、そのカプセルを飲んでしまったのかと、またもや疑問が湧いた。
 また、どうして身内を殺せるのか? 裕介が狂っているとしか考えられない。と文江の頭の中は、混乱した。

 後に札幌での裁判に、参考人として呼び出された文江は、三人の死に至った経緯を、知ることになる。

 トリカブトの致死量はアコニチン 二~六ミリグラムと微量である。
 そのカプセルには十ミリグラム以上の量が入っていたと、のちの分析結果で分った。
 三人は死ぬまで、息子を信じていたと考えれば、三人同時にそのカプセルを飲んでしまったことは、あり得ることだと、文江は思った。
 苦しんだだろう! カプセルを飲んでから十五分前後に舌と手足のしびれがあり、その後、発汗、けいれん、呼吸不全となり、死に至ったようだ。
 あまりにもおぞましい事件だ。文江は怒りに震えた。

 夕方、また幌泉のふたりの警察官が、文江を訪ねてきた。
 その日、警察では、堀江家の家宅捜索をしたらしい。饅頭の中身の分析結果はまだ出ていなかった。
 堀江の家の中からは、小瓶は発見されていない。
 文江は、堀江のおばさんが話していたことを警察官に伝えた。そして貰ったカプセル一錠を、恐る恐る警察官に渡した。
 

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