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【連載小説】リセット 8

 幸子は独身で、学校の近くのアパートで生活していた。
  両親は、いまは新庄にいる。

 二人は学校を出て、近くの食堂に入った。その食堂のメニューには、どんぶりものやらカレーライス、ラーメン、うどん、蕎麦など、店内の壁に大きな文字でメニューが書かれていた。
 女将が二人を見ながら、
「あら、幸子先生、今日は珍しく、若い男と一緒に、どうしたべか」と、冗談交じりに、話し掛けた。幸子は下を向き恥ずかしそうに微笑んだ。
「兄さんは、なんか垢抜けした顔だな」
「東京です」と芳樹が答える。
「あらまあ、こったら田舎によく来たべな」
 女将は、注文も取らず、その東京から来た芳樹に興味津々である。
 幸子は天麩羅蕎麦を、芳樹はかつ丼を注文した。
 女将は、もう少し芳樹の素性を聞きたかったと見えて、残念そうな顔をして、厨房のほうに返した。
 二人はその女将の視線を気にしながら、テーブルに向かい合い、無言でうつむいていた。女将はそれを見ながら、その場の雰囲気にたまりかねたとみえて、
「ははーん、幸子先生?」と、その場の空気を破った。
「おばちゃん、違うってば」幸子はまんざらでもないようにすぐ反応した。
「んだず、しかしお似合いだべな、おらあ大賛成だ、むがさりだ」と訳の分からない事を言い出したのである。しかし、芳樹の心の中では、満ち足りたものが感じられた。それは、女将さんのオセッカイだった。
 田舎では、まだこのような『オセッカイ』が残っている。
 人間本来の拘りがここには残っている。そう思った。野次馬根性が見え隠れしているようでそうではないと芳樹は思うのであった。
 芳樹は自然に微笑を浮かべた。久々の笑顔だった。
「芳樹さん、なにが可笑しいの」
 幸子が怪訝そうに芳樹に聞いた。
「故郷はいいな」
「え? ふるさと・・」
「女将さんのオセッカイがさ」
 二人は、顔を見合わせ笑った。
「仲が良いね」と女将がにやけた顔をして二人を見つめた。
「そうよ女将さん」と幸子が応えた。
 暫くして、
「はい、できたよ」と女将さんが、二人が注文した天麩羅蕎麦とかつ丼を運んできた。
「食ってけろ」
芳樹と幸子はまた、顔を見合わせ微笑んだ。

 食事を済ませ、二人はその食堂を出た。
 二人は駅前の喫茶店まで歩いた。
 珈琲を啜りながら、母校の小学校の過疎化による来年三月の閉校の話となった。芳樹は幸子の今後の事を聞いた。幸子はどうすればいいか決めかねていた。しかし結論が出るわけでもない。お互い連絡を取り合うことを約し、別れた。
 芳樹は次の日の朝、またもや鈍行に乗り、帰路についた。

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