熊雄(連載⑦)
「いやに早く帰ってきたんでないべか」
二人の帰りが早いと見えて、母親のヨシは、嫌味ったらしく言った。
「それに、ほれ、二人でタケノコ ちょべっとしか採ってきてないべさ」
モッコを開けたヨシは呆れた顔をした。
二人は黙っているしかなかった。達雄は黙々と煙草に火を付けてフーと煙を口から吐き出した。
熊雄は、流しで手と顔を洗う。二人とも帰ってきて様子がいつもと違うとヨシは首をかしげた。
「父さん、何かあったのかえ」
「なにもねえ、今日は昼握り飯を喰って帰ってきた」
「熊雄、気分が悪くなったのかい」
「いや、そでね」熊雄が返事をした。
「なら、どうしたのさ」
「いいから、湯沸かせ!」と達雄がヨシを急き立てた。
ヨシは怪訝な顔をしたが、二人はその日の出来事は、内緒にしたのである。
月日が経ち、熊雄は小学校六年生になったが、依然として体の毛は全身生えたままであった。体毛の長さも二センチほどに伸びていた。達雄とヨシは心配して、車で一時間ほどはかかる、大きな町医者に見せることになった。
しかし、その病院でも原因が判らず、札幌の大学病院を紹介された。
ある日、厳しい冬が来る前に診てもらおうと潮風にあたってさび付いた軽トラックに三人乗りこみ、五時間程かけて札幌の街に入った。朝早く家を出たが、その大学病院に着いたのが昼過ぎだった。
病院の受付で紹介状を出し、三人は一時間ほど待った。熊雄の名前が呼ばれた。
担当医は熊雄を裸にして一通り診察した。その結果、入院して検査をしようということになった。いつ迄札幌にいるのかヨシは不安だった。
とりあえず宿を探し、三人で晩飯を食べに街に出た。三人とも不夜城のような札幌の繁華街に驚いた。別世界に来たような錯覚に襲われた。
お金の持ち合わせもそれほど無く、これから医療費と宿賃がかかることを考えると、贅沢はできない。
三人でラーメンを啜り、宿に戻った。熊雄だけは、大都会の凄さに興奮していた。今まで灯りと言えばランプの灯しかなかった三人には、昼間のような電灯の明るさに驚いた。
次の日から病院では、様々な検査をした。熊雄は三日ほど入院し検査を受けたが、結局大学病院でも原因はつかめなかった。
すごすごと三人は家に戻った。原因がわからなければ手の施しようがないわけである。
ヨシは余計な出費に不機嫌だったが、息子の将来を考えれば、不安になるのだった。
熊雄は全身に毛が生えていることに一向に頓着していない。全く気にしていないのである。それだけが両親に安心感を与えた。
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