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ゴメが啼くとき(連載12)

 十六歳になった文江は来る日も来る日も、大和寿しで働いていた。
 その大和寿しに、昭和二十年(一九四五年)五月のある日、一人の水商売風の女性が客として入ってきた。年のころ十八歳くらいの息子を連れていた。
 その一か月後、その息子にも赤紙(召集令状)がきた。
 そして、横須賀で終戦を迎えたのであった。
 将来、その息子と文江が、同じ運命を辿ることになるとは、誰も判らない。

 文江はリクを背負い、あやしながら、後生大事に持っている『孝女白菊』を開き、何度も眺めていた。
 その頃、文江はその絵本の内容が、おぼろげに判るようになってきた。
 主人公白菊の絵姿に魅了された。

 白い菊の中から拾い上げられた赤ちゃんにつけられた名前が白菊である。
 その後、戦争(西南戦争)で、家族が離れ離れになる。
 義母が死に、戦争に行った義父の生死が判らず、義兄も行方知れず。
 白菊は途方に暮れる。
 義母は亡くなる前、家を出ていた義兄を探し、結婚するよう白菊に言い残
 した。
 その後、義父が戻り、義兄も見つかり、白菊は義兄と結婚。
 三人は一緒に暮らす。 という物語だ。

 文江は白菊の美しい着物姿に夢中になった。着てみたいと思った。

 その年、第二次世界大戦が終わった。
 日本は敗戦国として、連合国軍の占領下に置かれたのである。
 北海道の襟裳沿岸にもアメリカ軍が進駐した。

 あくる年の昭和二十一年(一九四六年)、文江が幌泉に来てから二年が経ち、彼女は十七歳になっていた。
 そして大和寿しでの奉公が終わった。
 文江は実家のある歌別に戻った。

 

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