【連載】負けない 第1話
島根悦子は、吉永小百合主演『キューポラのある街』の映画で有名になった埼玉県川口市で育った。
結論からいうと、彼女は尾藤 弘という男と結婚した。
悦子は小さい頃から、兄の幼友達の弘を知ってはいたが、最近、兄の毅から、彼との結婚を勧められていた。
秋も深まった平成十年十一月、街路樹が葉をすっかり落としてしまった日の夜、兄の毅から、
「今度の日曜日の夜、一緒に飯でも食いに行こう」と誘われた。
「どうしたの、改まって急に」
「弘も来る」と毅は言った。
「行きません!」悦子ははっきりと断った。
「なぜだ?」畳みかけるような言い方に、
「なぜって.…行きたくない」
「そう言うなよ、頼むから」
「頼まれても、行きたくないから行かない」
「用事でもあるのか」
「別にないけど、見たいテレビドラマがあるから」
「録画して、後から見たらいいじゃん」
「どうして私も一緒に行かなくちゃいけないの、弘さんとお兄ちゃん二人で会えば」
「ところで悦子、弘の事どう思っている」
「嫌な奴と思っている」
「そういわないで、会ってくれないか」
そういう兄妹のやり取りがあり、悦子はいやいやながら兄について行くこととなった。
次週の日曜日、十条にある駅前の、ごくありふれた中華料理店の《珍来》で食事をすることになった。
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