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【短編小説・童話】赤マルの日

この作品は、短編小説です。
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 ミクちゃんは、いつも楽しそうにニコニコとわらっている、かわいらしい女の子でした。
ある日、ミクちゃんはお母さんがカレンダーに赤いマルのしるしをつけているところを見ました。
「お母さん、何で赤いマルをつけるの?」
「これはね、とくべつなことがある日に、その日にちの数字に赤いドレスを着せてあげているのよ。そうすると自分がとくべつな日をわすれなくてすむし、数字もとくべつな日だってわすれないでしょう?」
「そっか、じゃあこの日はお母さんにとってとくべつな日なんだね!」
「ええ、そうよ。この日はとってもとくべつな日なのよ。だから、わすれないようにマルをつけておくのよ」
「今つけたマルはなんの日なの?」
「それはね、ないしょ。その日が来たら教えるわね」
 そう言いながら楽しそうな顔をしているお母さんを見ていると、ミクちゃんはお母さんがうらやましくなって、自分もマルをつけてみたいと思いました。
「お母さん、わたしもマルをつけたい!」
「あらあら、じゃあこのペンをかしてあげるわね。だっこしてあげるから、マルをつけてごらん」
「ありがとうっ」
 ミクちゃんはお母さんにだっこされてカレンダーと同じ高さになると、今日の日づけに元気なマルをつけました。ミクちゃんがまんぞくしてお母さんにおろしてもらうと、こう聞かれました。
「ところでミクちゃん。今日はなんの日なの?」
「え? あ、うーんと……」
 ミクちゃんはすっかりこまってしまいました。なんの日なのか、まったく考えていなかったのです。そのようすを見ていたお母さんは、くすっとわらいました。
「じゃあミクちゃん、今日は赤マルの日にしましょう」
「赤マルの日?」
「ミクちゃんがはじめてカレンダーに赤いマルをつけた日。だから今日は赤マルの日にしましょう。ほら、とくべつな日になってでしょ?」
「うんっ」
 自分だけのとくべつな日ができて、ミクちゃんはとってもうれしくなりました。うれしかったので、ミクちゃんはもっとたくさん赤マルをつけたいと思いました。


 その日からミクちゃんは毎日カレンダーに赤マルをつけるようになりました。
「ミクちゃん、今日はなんの日なの?」
「今日はね、すごくきれいなどろだんごができたのっ。だからどろだんごの日なんだよ」
「そう、それはよかったわね」
 こんなちょうしでミクちゃんはお母さんに毎日今日はなんの日なのかお話しするのでした。よつばのクローバーを見つけた日。友だちよりもブランコが高くこげた日。先生に絵をほめられた日。毎日毎日、ミクちゃんは赤いマルをつけました。
ミクちゃんの周りにはたくさんのすてきなことがある。そんなことにミクちゃんは気がついて、とても楽しくなりました。


 けれども、楽しいことばかりではありません。ミクちゃんはある日、友だちのえっちゃんからかしてもらったぬいぐるみをなくしてしまいました。えっちゃんはプンプンおこったのです。
「ミクちゃん、なんでそんなことするのっ」
「わざとじゃないもん。おっことしちゃっただけだもんっ」
「もう、ミクちゃんなんてしらないっ!」
「いいもん、わたしもえっちゃんなんてしーらないっ」 
ミクちゃんはちょっとだけ心がぎゅっと小さくなってしまったようなきもちになりました。


そして、そのつぎの日。えっちゃんはようちえんをお休みしていました。ミクちゃんは、ぬいぐるみをよごしたことがかなしくてお休みしちゃったのかもしれないとしんぱいになりました。
「先生、なんでえっちゃんは今日お休みなの?」
「えっちゃんはね、今日おそうしきなのよ」
「おそうしき?」
「そう。えっちゃんのおじいちゃんがね、なくなったのよ」
「なくなった?」
「しんでしまった、ということよ」
「え……」
 ミクちゃんにもおじいちゃんやおばあちゃんがいますが、まだまだ元気でした。もしも自分のおじいちゃんやおばあちゃんがしんでしまったら。そう考えると、ミクちゃんはとってもかなしくなりました。家に帰ってきても、ミクちゃんはかなしいきもちでいっぱいでした。


「ミクちゃん、今日はなんの日なの?」
 いつものようにお母さんがそう聞いても、ミクちゃんがだまったままでした。
「ミクちゃん、なにかあったの?」
「えっちゃんの、えっちゃんのおじいちゃんがっ……」
 お母さんがやさしくそう聞くと、ミクちゃんはつっかえながら、ぽつりぽつりと話しました。お母さんはミクちゃんの話を聞くと、ミクちゃんの頭をなでながら言いました。
「そう、それはつらかったわね」
「うん……」
「ねえ、ミクちゃん。たしかに今日はかなしい日かもしれない。でもね、それだけじゃないのよ」
「え?」
「今日はね、前にお母さんがつけた赤マルの日なのよ」
 そう言われてカレンダーを見てみると、たしかに今日はもうマルがつけられています。
「さて、ミクちゃん。今日はなんの日か分かる?」
「……わかんない」
「ミクちゃん、おたんじょう日おめでとう」


 そう言ってお母さんはかわいくラッピングされたふくろをミクちゃんにさし出しました。けれども、ミクちゃんはプレゼントをうけとる気分にはなれませんでした。
「でも、今日はえっちゃんのおじいちゃんがしんじゃったから……」
「ミクちゃん。毎日毎日、つらいことやかなしいことがたくさんあるわ。でもね、それと同じだけ、うれしいことも楽しいこともたくさんあるのよ。
つらいことやかなしいことをわすれることはないの。けれど、その分わらってくれたら、お母さんはうれしいな。お母さんはね、5年前のこの日。ミクちゃんが生まれきてくれて、とってもうれしかったのよ」


 それを聞いてミクちゃんはなきました。なぜか分かりませんが、なきたくなったのです。そして、お母さんにだきついて、またなきました。赤ちゃんみたいになきました。お母さんはやさしくミクちゃんのせなかをさすって、ゆっくりと言いました。

「生まれてきてくれてありがとう。ミクちゃん」

《おしまい》

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